泡沫の長夢

□お兄さんと私 2
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学校から帰ると、真っ先に自分の部屋へと向かう。鞄を置き、制服から着替えることもなく押し入れを開ける。そこにフラフのご飯を隠していた。
両親は共働きだから、夜遅くなるまで帰ってくることはない。私はフラフのご飯を持って再び家を出て、1階へと向かう。
エントランスの近くにある広場の更に奥。そこにはまるで秘密基地のような小さなスペースがある。そこがフラフの場所だった。少し奥まった場所なので人が立ち入ることは滅多になく、私もフラフに出会うまでそんな場所があるとは気づきもしなかった。

周りに誰もいないことを確認し、奥へと進む。小さくフラフと呼ぶと尻尾を左右に振りながらフラフがやってきた。


「お待たせ、フラフ!お腹空いたでしょ」
「わん!」
「ちょっとまっててね」


予め用意してあったお皿に今日の分を乗せる。飛びつこうとするフラフに待て、と指示をするとピタリと動きを止めた。そのままじっと私を見つめてまだなの?と瞳で問いかけてくる。そして私がよし、と言うとすぐさまご飯を食べ始めた。


「ふふ、お前はいい子だね」


ご飯の邪魔にならないように優しく背中を撫でる。ふわふわの毛並みがとても気持ちよく、温かい。
ご飯を食べ終えるとフラフは私の足に擦り寄ってくる。わしゃわしゃと撫でてあげると尻尾を振って喜んでくれる。こうして私達は陽が暮れるまで二人で遊ぶのだ。

ーーーーしかし、今日は少しだけ違った。




「あぁ、やっぱり来ていたか」
「!!」


突然聞こえてきた声に私は驚いて勢いよく振り向いた。そしてその声の持ち主を確認してホッと息を吐いた。


「朝のお兄さん……!もう、びっくりさせないでくださいよ!」
「ははっ、悪い悪い」


朝と同じように目深に帽子を被ったお兄さんは、これまた同じように私の頭を撫でる。フラフもお兄さんの足に擦り寄って、尻尾を振りながらお兄さんを見上げている。お兄さんはその場にしゃがむとフラフの頭も撫でてあげていた。
そういえば、と私はふと気づいたことをそのまま声に出してお兄さんに尋ねた。


「そういえば、お兄さんの名前ってなんて言うんですか?」
「名前?……あー……まだ名乗ってなかったっけ……」
「はい」
「……まぁ、知らねぇもんな……」


私が名前を尋ねると、お兄さんは困ったように頭を掻いていた。普通に尋ねたつもりだったけど、お兄さんの反応になんだか不安が募っていく。そんな私に気づいて、お兄さんは苦笑しながら私の頭にポンと手を伸せた。


「まぁ、そのうち教えるさ」
「そのうち……ですか?」
「あぁ、いずれお前も知るだろうし。それまではただのお兄さんでいさせてくれ」
「……??」


お兄さんの言っている意味がいまいちわからず、私は首を傾げることしかできなかった。だけど、それ以上尋ねることもできず、私は今まで通り「お兄さん」と呼ぶことにした。


(悪い人じゃないんだよなぁ……)


謎な部分も多いけれど、それだけは確信できていた。最初は少し怖いと思ったけど話してみるとそんなことはなくて、フラフも彼によくなついていた。それだけで見知らぬ人を信じるのはどうかと思うけれど、私の頭を撫でるあたたかく優しい手が、とても嘘だとは思えなかった。




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