泡沫の夢
□過去の光の下で感じる今
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夢100企画「トロイメアのゆりかご」投稿作品
アルストリアの夜空は、美しい。特にこの季節は空気が澄んでいるから、より綺麗に星々が輝いてみえる。
その日はなんとなく寝付けなくて、中庭に出て地べたに座りながらぼーっと星を見上げていた。
季節によって星空は姿を変える。星の名前や星座なんて全くわからないが、星の数が一番多く見える今の季節が一番好きだった。
「……あれ?アヴィ…?」
「……!」
俺一人しかいないはずなのに不意に名前を呼ばれ、驚いて声のした方へと視線を向けると、そこには先に寝ていたはずの彼女がいた。
「どうしたんだよ、こんな夜遅くに」
「それはアヴィもでしょ。……ちょっと寝付けなくて、外見たら星が綺麗だったから、もっと見てみたくなってね」
そう言って彼女は俺の隣に座り込んだ。先程までの俺と同じように星を見上げ、綺麗だねーと独り言のように呟く。俺はそれに相槌を打ちながら再び空へと視線を戻した。
二人して何を話すわけでもなく、静かに星を見上げていると、ふと彼女が思い出したようにこんなことを言い出した。
「今見てる星の光って遠い過去のものなんだよ」
「過去のもの?」
純粋に疑問に思い、隣の彼女を見る。彼女は変わらずに空を見上げたまま、言葉だけを俺に投げかけていた。
「そう。何万年も何億年もかかって、ようやく地上に届くんだって」
「へぇ……」
そうして俺はまた空を見上げる。
夜空に散りばめられている星々。あんなに小さな光が実は遠い過去からやってきているなんて、果てしない出来事のように思えて想像がつかなかった。
「もしかしたら、今はもう存在していない星もあるのかもね」
「なんだか不思議だな……。存在していないのに、それを見ているなんて」
「そうだね。しかもそれが分かるのが、ずっとずっと先の未来だなんてね」
そんな途方もない時間の果てを俺達が見ているのだとしたら、それだけで奇跡のようにも感じた。だから人は誰しもが星を美しいと感じるのだろうか。柄にもなく、そんなことを考える。
「知ってる?月でさえも一秒前の姿なんだよ」
「月もか?」
「そう。月の光も、私たちのところに辿り着くまでに一秒かかるんだって」
夜空を淡く照らす月でさえも過去の姿だったとは思いもしなかった。
ーーーじゃあ、その過去の光に照らされている俺達の姿は、いったいどの時間のものなのだろう。
急に自分達の存在が曖昧のように思えてきて、俺はほぼ無意識に彼女に手を伸ばした。目の前にちゃんといるはずなのに幻のような気がして、肩に触れてようやく彼女の存在を確かめられた。
「……アヴィ?」
彼女が俺の方を向き、瞳に俺の姿が映る。
その姿は今の俺のものだろうか。それとも、過去のものだろうか。……だとしたら、
「……どれだけ近づけば、今のこの瞬間の姿を捉えられるんだろうな」
視線が、絡んで離れない。肩に置いていた手をゆっくりとずらし、少し冷えた頬にそっと触れる。
「…………距離がゼロなら、きっと“今”なのかもね…」
それは、一つの合図だった。
互いに見つめ合ったまま、引き寄せられるままに距離を縮め、唇を重ねる。空いている手で腰を抱き寄せ、さらに密着する。ほんの一瞬の隙間から、彼女の小さな声が漏れた。それを呑み込むように、息継ぎすらも許さずに求めるがままに深く深く口付ける。
触れ合った部分から伝わってくるぬくもりは、紛れもなく“今この瞬間”のもの。過去の光の下で俺達が今感じているものは、確かにこの瞬間のものだった。