泡沫の夢
□始まりの前の物語
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主人公が異世界に渡る前にアヴィと出会っていたら、という話
ナビがただのぬいぐるみで、幼少アヴィの一人称がぼくで、お兄ちゃんがいます
いろいろ捏造注意
※アヴィの太陽シクレの微ネタバレ注意
それは遠い昔……まだ母が生きていた頃の記憶。その日は体調もよく天気も良かったので、決して無理はしないという条件のもとで許可をもらい、お気に入りの花畑に遊びに来ていた。……そこである女の子と出会った。
「……ララ?どうした?」
最初に気づいたのは母の犬のララだった。しきりに耳を動かし、辺りを見渡していた。何かあるのかと耳を澄ましてみると、かすかな泣き声が聞こえてきた。
「だれだろう……いってみよう、ララ!」
「わん!」
風に乗って聞こえてくる声を頼りにその方向へ向かっていくと、花畑の中心部分で小さな女の子が泣いていた。
年の頃は自分と変わらないか少し下ぐらい。大きな白いウサギのようなネコのようなぬいぐるみを抱き締めて泣きじゃくっていた。
「きみ……どうしたんだ?」
「ひっ……だぁれ?」
声をかけるとようやく自分の存在に気づき、ビクリと肩を震わせたあとに涙に濡れた大きな瞳をこちらに向けてきた。
「ぼくはアヴィ。この国の王子だよ。きみは?」
「わ、たし……おにいさまと、う…わああああんっ…おにいさまあぁ……!!」
どうやら女の子は迷子らしい。心細さから泣いていたようだ。大声で泣き出してしまった女の子にどうすればいいのか困り果てていると、隣にいたララがふいに女の子に近づき、彼女の顔をベロリと舐めた。
「ひゃっ!?ふ、う……わんちゃん…?」
「わふ」
「きゃっ……ふふ、くすぐったぁい」
「わん!」
ペロペロとララが女の子の涙を拭うように舐めていると、やがて女の子に笑顔が浮かぶようになった。そしてララが気に入ったのか、ふわふわの毛並みに顔を埋めて楽しそうに声をあげていた。
「このこ、あなたのわんちゃん?」
「ううん、ぼくの母さんの犬で、ララっていうんだ」
「ララ?」
「わん!」
女の子が確認するようにララの名前を呼ぶと、ララがそれに元気よく返事をした。それに女の子が嬉しそうにパッと顔を輝かせ、ララの頭を撫でていた。
「それで……きみはどうしてここにいるんだ?」
「あ……わたし、おにいさまといっしょにきて……おはながきれいだったから、おにいさまにあげようっておもって……それで……」
じわりと女の子の瞳にまた涙が滲む。
「お、おにいさまぁ…っ…!」
「わ、な、泣かないで!」
「うわああああんっ……」
「ど、どうしよう……」
ララが体をすり寄せても、再び零れだした女の子の涙は止まらなかった。どうすればいいのかと頭を抱えていると、ふとあることを思いついた。
近くに咲いていた青紫の花をいくつか摘んで即席の小さな花束を作ると、それを女の子に差し出した。女の子はきょとんとして、花束と自分を交互に見ていた。
「お花、お兄さんにあげるんだろ?ぼくも一緒にさがしてあげるから!」
「ほんと……?」
「あぁ!だから……泣かないで」
「……うん、ありがとう」
花束を両手で受け取って、女の子はにっこりと笑った。心からのその笑顔に、思わず心奪われて見惚れてしまっていた。
「……と、とにかく、きみのお兄さんを探しにいこう!ララも一緒だから、すぐに見つかるよ」
「わん!」
「うん……!」
当時はまだ知らなかった初めての感情に戸惑いを覚え、それを誤魔化すように女の子から顔を背け、代わりに手を差し出した。女の子と手を繋ぐと、彼女のお兄さんを探しながら花畑の中を歩き始めた。
「きみのお兄さんってどんな人?」
「んーとね……わたしとおんなじかみのいろでね、やさしいの!このこもね、おにいさまにもらったの」
そういって、女の子は抱き締めてたぬいぐるみを見せてくれた。
「ナビっていうんだよ。わたしのたいせつなおともだち!」
「へぇ、ともだちか」
「うん!あなたは?ララはおともだちなの?」
「ララはともだちっていうより兄弟だな。ずっと一緒にそだってきたから」
隣を歩くララを空いている手で撫でる。ララはご機嫌そうに尻尾を振っていた。
そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、遠くの方に人影が見えてきた。女の子と同じ髪の色で、誰かを探しているようにしきりに辺りを見回している。あ、と女の子が声をあげると、繋いでいた手を離してその人物に駆け寄っていった。
「おにいさまぁ!!」
女の子が大声でその人を呼ぶと、その人も女の子に気づいて飛び込んできた彼女を抱き止めていた。
「……会えたみたいだな」
「わん!」
兄に抱き締められ、女の子はわんわんと泣いていた。女の子をあやしながら、兄がふいにこちらを向いた。
「君が妹を連れてきてくれたんだね。ありがとう。ほら……お前もちゃんとお礼を言いなさい?」
「っ、うん……!あのね、おにいさまのところにつれてきてくれて、ありがとう!」
「ううん、よかったな会えて」
「うん……!あ、おにいさま!おはな!」
手に持っていた青紫の花を思い出し、女の子はそれを兄に差し出した。兄は柔らかく微笑むと、ありがとうといってそれを受け取った。
「とても綺麗だね。でももう勝手にどこかに行ってはいけないよ?とても心配したんだから……」
「うん……ごめんなさい」
「よし…良い子だね。さぁ、そろそろ戻ろう」
「はぁい」
兄の言葉に返事をすると、女の子はこちらを振り返り駆け寄ってきた。
「あのね、またあそんでくれる?」
「あぁ、今度は迷子になるんじゃないぞ」
「うん!ほんとうにありがとうね」
またね、と女の子は兄の元へと戻り、二人仲良く手を繋いで歩いていった。それを見送り、ふと空を見上げるとそろそろ陽が傾きはじめていたので城に戻ることにした。
その後すぐに起きた哀しい事件により、その花畑に足を運ぶことはなくなり、やがて女の子のことも次第に忘れていってしまった……。