泡沫の夢
□手のひらのぬくもり
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※アヴィの幼少時代捏造
※アヴィストーリー全般、太陽シクレの微ネタバレ注意
小さく咳き込む音とすすり泣く声が静かな部屋に響く。
「母さん……ララ…っ…」
ずっと側にいた、あたたかな存在。呼べばすぐにどうしたの?って頭を撫でてくれて、ふわふわの体で寄り添ってくれて。だけど今はもう、いない。
「うぅっ……ひっく、けほっ……母さぁん……」
寂しくて哀しくてどれだけ泣いても、二人が側にきてくれることはない。あの日の夜に、二人ともいなくなってしまったから…………自分のせいで。
「くぅん…」
「…、フラフ…」
小さな鳴き声が聞こえたかと思うと、いつの間に部屋に入ったのかフラフがベッドに上っていた。小さな体をすり寄せて、止まらない涙を舐めとってくれた。
アヴィは、フラフの体をそっと抱きしめた。
「あったかいね……」
「わんっ」
「ごめんね……おまえの母さんも、ぼくのせいで……」
「わんっ、わんっ!」
フラフは元気づけてくれるように鳴くと、頬をペロペロと舐めてきた。くすぐったくて笑い声がもれたが、すぐに咳が出てしまった。フラフははっと離れると心配そうにアヴィを見上げている。
アヴィはフラフを撫でながら小さく笑った。
「フラフ…おまえはやさしいな」
「わん」
「いっしょに寝てくれる?」
「わんっ!」
元気よく返事をすると、フラフはアヴィの横に入り込み丸くなった。アヴィも横になると、フラフに手を伸ばしてふわふわの毛並みに触れる。
母とララを思い、またひとつ涙を雫して、アヴィは深い眠りへとついた。
額に触れる心地よい手のひらに、ふと目を覚ました。
「アヴィ!よかった……気がついて……」
「……姫……?」
今にも泣きそうな姫が俺の顔を覗きこんでいた。彼女の名前を呼ぶが、声が妙に掠れていておまけに喉も痛かった。
(そういえば……俺……)
旅の道中で大量に現れたユメクイとの戦闘の後、倒れたことを思い出した。
最近なんとなく体調が優れないことを感じ取っていたが、まさか倒れるほど悪化していたとは思っていなかった。
「お医者さまが、流行り風邪だろうって。疲労もあるからしばらく安静にするようにって」
「あぁ、悪い……」
「……体調悪いなら、言ってよね。アヴィが倒れた時、怖かったんだから……」
姫の瞳に今にも零れそうなほど涙が溜まっていく。余計な心配をかけさせたくなくて黙っていたが、それがかえって不安にさせてしまったようだ。
いつもより重く感じる腕を伸ばし、姫の涙を拭う。
「……悪かったよ……だから、泣くな」
「……うん、もう無理しないでね」
「あぁ、気をつける」
俺がそう言うと、姫は俺の手に自分の手を重ねて小さく微笑んだ。それに俺も笑い返したかったが、体調は自分が思っているより悪いらしい。とにかく、だるい。熱が高いせいか、吐き出す息も熱い。風邪とはこんなにつらいものだっただろうか。
「大丈夫……?」
姫が心配そうに俺の額に触れた。
心地よい手のぬくもりが、ざわついていた気持ちを落ち着かせてくれる。
(離れないでほしい……)
そのぬくもりをもっと感じていたくて、俺は無意識に姫の手を掴んでいた。
「アヴィ…?」
「あ…いや、なんでもねぇ……」
名前を呼ばれてはっと我に返り、慌てて手を離す。体調が悪いと気が滅入るものだが、俺は思ったよりも気弱になっているらしい。幼い頃の記憶を夢に見たからだろうか。
姫はそんな俺の心境を知ってか知らずか、柔らかく微笑むと俺の手を握りしめてくれた。
「大丈夫、ずっと側にいるよ」
「……姫…」
あたたかい、存在。手のひらから伝わるぬくもりが、俺を安心させてくれる。だからなのか急激に眠気が襲ってきた。俺は抗えずに目を閉じる。
きっともう、悪夢は見ないだろう。