泡沫の夢

□マリンブルーと彼女と俺と
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「わー!すごい綺麗ー!」


鮮やかなマリンブルーの海に、姫は溢してしまうんじゃないかと思うほど目を大きくし輝かせていた。まるで子供のようにはしゃぎながら、砂浜を勢いよくかけていく。


「アヴィ!アヴィも早くー!」
「そんなに急がなくたって海は逃げねぇよ」
「だって早く遊びたいじゃない!」


子供のよう、ではなく子供だ。だがこんなに綺麗な海は俺も初めてで、心の内では彼女と同じように弾む気持ちが押さえられなかったりする。
浅瀬に入り、俺を急かすように手を振る姫。その仕草が愛しくて、俺は自然と笑みを浮かべた。少しだけ歩みを早めると彼女はまた駆け出した。


「おい、転ぶなよ」
「平気へい、きゃっ!」
「姫!」


急に来た波に足を取られ、姫はバランスを崩して盛大な水しぶきをあげて転んだ。俺は慌てて彼女のもとへ駆け寄った。


「うぅ……びっくりした……」
「ったく……だから言っただろうが」
「えへへ」


すっかりびしょ濡れになってしまったが、怪我はしていないらしく逆に楽しそうにしていた。
こっちの気も知らないで呑気なものだが、そこがまた愛しい。一瞬たりとも目が離せない。


「ほら、立てるか?」
「……えいっ!」
「なっ!?」


何を思ったのか、姫は差し出した俺の手を思いきり引き寄せた。突然のことに対処などできなくて、俺はそのまま浅瀬に突っ込んでしまった。かろうじて地面に手をつき、彼女を押し潰さないようにして。


「おまっ…いきなり危ないだろう!」
「ふふ、ごめんごめん。でもこれでアヴィもびしょ濡れだね」
「誰のせいで……ったく…」

悪びれもなく無邪気に笑う姫に、俺も怒る気が失せてしまう。せっかく遊びに来たというのに小言ばかり言っても仕方がない。だが、やられっぱなしというのもなんだか癪にさわる。
俺は立ち上がるのと同時に姫を抱き上げた。


「あ、アヴィ?」


姫は少しだけ頬を赤らめ、俺を不思議そうに見る。きっと今の俺は、彼女の言う“意地悪な顔”をしているだろう。

そして、


「……お返しだ」
「え?きゃあーっ!!?」


俺は海に向かって姫を放り投げた。もちろん彼女が怪我をしないように細心の注意をはらって。
姫は先程よりも派手に水しぶきをあげて海に落ちた。


「ぷはっ……もう!びっくりしたじゃない!」
「ははっ、悪い悪い」
「アヴィひどい!」


いかにも怒っているという口調だが、笑いながら言われては迫力がまるでない。
そのことに更に笑っているといきなり水をかけられた。


「うわっ!」
「ふふ、油断大敵だよ!」
「ほう……やる気だな」


俺が仕返ししようとすると、姫は海中を歩いて逃げようとする。だがそんなので俺から逃げられるはずもなく、すぐに捕まえられた。腕の中で姫が楽しそうに笑う。それに釣られて俺も笑い返す。


「楽しいね、アヴィ」
「あぁ、そうだな」


ふと視線が絡む。額を合わせ、どちらからともなく唇を重ねる。触れるだけの、一瞬のもので。それだけで幸福感が溢れてくる。


「アヴィ」
「なんだ?」
「また来たいな」
「何度だって連れてきてやるよ」


来年も再来年もその先も。海だけじゃなく、行きたいところならどこにだって連れていってやる。
そう告げると姫ははにかみ、そしてふわりと笑った。俺の大好きな笑顔だ。

波に揺られながら、俺たちは穏やかな幸せを噛み締めていた。願わくば、この幸せがいつまでも続くように……。


(15.8.24)


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