泡沫の夢

□夜中の訪問者
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宿の一室で眠っていた俺は、扉を叩く小さな音で目を覚ました。窓の外はまだ真っ暗で夜明けには程遠い時間だった。こんな夜中にいったい誰だ?


「アヴィ……起きてる?」


続いて聞こえてきた姫の声に、俺はすぐに部屋の入り口へと向かい扉を開けた。そこには枕を抱えた姫がいた。


「どうした?こんな夜中に……」
「えと……なかなか眠れなくて……一緒に寝たいなーなんて…」


俺が男だということを、姫は理解しているのだろうか。いや、きっとわかっていないだろう。だが、他の男のとこに行かれるよりかはマシだ。
いつまでも廊下に立たせているわけにはいかないので、俺は彼女を部屋の中に招き入れた。


「ごめんね、こんな夜遅くに……」
「別に構わないが……珍しいな、お前が眠れないなんて」
「ちょっと昼間の話を思い出しちゃって……」
「あぁ……」


町に着くまでの道中、ヒナタが急に肝試しをやりたいと言い出し、それに賛同した白葉と姫との三人で怖い話をしていた。俺は少し離れていたから全部は聞こえなかったが、白葉の話に二人が悲鳴をあげていたのを覚えている。
どうやら話の内容がベッドの下に男が潜んでいるというもので、ちょうど宿の寝具もベッドだから余計に怖くなってしまったのだとか。そんなのがベッドの下に潜んでいたら、俺でも嫌だ。出てこようものなら剣で叩き斬っている。

とはいえ、夜ももう遅い。そろそろ寝ないと明日に差し支える。
部屋には少し小さいがソファもあるし、寝る分には問題ないだろう。


「……とりあえず、お前はベッドを使え。俺はソファで寝るから」
「…………」
「どうした?」
「一緒じゃ、だめ?」


可愛らしく首を傾げ、彼女はとんでもない爆弾を落としてきた。一瞬理性が飛びかける。無防備すぎるにも程があるだろう。


「お前なぁ……俺も一応男なんだが」
「アヴィはどこからどうみても男だけど……」


違う、そうじゃない。
逆に女に見えるだなんて言われたら、立ち直れなくなりそうなんだが。


「それに、アヴィがいてくれると安心するし」
「……仕方がないやつだ」


じっと俺を見つめてくる視線に抗えるはずもなく、俺は溜め息をぐっとこらえてベッドに戻る。姫は安心したように表情を和らげ、俺の隣に枕を置いて横になった。せめて背を向けようとしたが、服の裾を掴まれ、仕方なしに向かい合わせになる。ならばこれぐらいは許してもらおうと、彼女を抱き寄せた。すると彼女は一瞬驚いたがすぐにくすぐったそうに小さく笑った。


「ふふ、やっぱりアヴィがいると安心するなぁ」
「そうか。ほら、早く寝ろよ」
「うん……おやすみ、アヴィ」
「あぁ、おやすみ」


眠れないと言ってたが眠気は訪れていたようで、姫はすぐに眠りについた。ここまで信頼を寄せられていると、嬉しい反面心苦しくなる。今だって俺がどれだけ理性と戦っているか知りもしないだろう。
だが、今日だけはこの信頼を裏切らないようにしよう。


「……次は覚悟しとけよ?」


もう聞こえていないだろうが彼女にそう囁き、額に触れるだけのキスをして、俺も眠りについた。


(15.8.19)


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