泡沫の夢

□心地よい歌
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「〜〜♪〜〜〜♪」


ああ、まただ。
姫はよく歌を口ずさんでいる。耳を澄ませなければ聞こえない程小さな声で。
微かに聞こえるその歌は聴いたことのない歌で、とても心地よい。いつまでも聴いていたくなる。どうせなら、もっとしっかりと聴きたい。


「なぁ」
「ん?なぁに?アヴィ」
「その歌、なんて歌だ?」
「え!あれ?歌ってた!?」


無意識だったみたいで姫は目を丸くして驚いていた。それから恥ずかしそうに頬を染め、俺から視線をそらす。割と頻繁に歌ってるぞ、というとさらに顔を赤くさせそうだ。
その反応も見てみたいが、それを言ってしまったらもう歌ってくれないかもしれない。それは嫌だな。


「それで、なんの歌なんだ?」
「私が元いた世界でよく聴いてた歌……私のお気に入りなんだ」
「そっか。良い歌だな」
「うん。大好きなんだ」


そう言って嬉しそうにはにかむ姫。本当に好きなんだなってことが伝わってくる。だからだろうか。もっと聴いてみたい。


「……なぁ」
「なぁに?」
「歌ってくれないか?その歌」
「……!」


そう言うと予想通りに彼女は顔を赤くして固まってしまった。視線を忙しなく動かして、きっと拒否の言葉を探してるのだろう。
だけど、悪いな。こればかりは譲れそうにない。


「お前の好きな歌、もっと聴いていたいんだ」
「でも私、そんなに歌得意じゃないし…」
「お前が歌う歌を聴きたいんだ。……だめか?」


甘えるように視線を向ければ、ほら。彼女は観念したようにずるい、と小さく呟いた。


「絶対笑わないでよ」
「笑うわけないだろ」
「あと、あんまり見ないでほしいな」
「……それは聞けない願いだな」
「え、いじわる……!」


顔を赤くして抗議する姫を抱き締め、後ろ向きに座らせる。腰に腕を回すと、わかりやすいくらいに体を固くさせる。初めてではないというのに、いつまでも初々しく可愛らしい。


「ほら、こうすれば俺の視線なんて気になんないだろ?」
「よ、余計に恥ずかしいよ…!」
「いい加減慣れろよ」
「うう……アヴィのいじわるっ……」


悪態にもならない可愛らしい抵抗を最後に、姫は俺に身体を預けてきた。
そして聴こえてきた、小さな歌声。密着しているからかはっきりと届いたその歌は、そよぐ風のように穏やかだった。ゆっくりと、だが確実に俺の心に浸透していき、彼女の歌で満たされていった。
ああ、なんて心地よい。

姫の肩に顔を乗せ、さらに彼女を抱き締める。閉ざした視界の向こうで彼女が笑う気配がした。


もう一度歌ってほしいと言ったら、姫はどんな顔をするだろうか。
そんな想像をして気づかれないようにクスリと笑い、歌が終わるまで俺は彼女の歌に耳を傾けていた。



(15.8.19)


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