現実
□第四話
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―朝。
届いたばかりのまっさらな隊服に袖を通す。
長い髪も一つにまとめ、手鏡で確認。
最後に腰へ送華死を差せば、完成だ。
…うん、着られてる感が凄い。
いつまでこの隊服を着ることになるのかはわからないが、果たして私に馴染むだろうか。
そんな変な心配をしている私は、端からすれば余裕に見えるだろう。
しかし、内心気が気でないのだ。
女が真選組に入隊するなんて、異例の出来事だろう。色目を使った、等とも言われかねない。
「…やめたやめた」
朝から暗いことばかり考えるのは良くない。
私はポケットに短刀を忍ばせ、部屋をあとにした。
「お、月山」
「水島さん」
大広間へ向かう途中、廊下で出会ったのはパートナーの水島さんだった。
「緊張するよな、挨拶」
…そう、今日私は隊士達に入隊の挨拶をする。
本来であれば一番隊の中のみで済ませるべきなのだが、何分、最近宴会がなかったからという理由で全体に挨拶することになったのだ。
「…少し」
正直に答えると、水島さんは屈託のない様子を見せた。
「心配しなくても大丈夫、俺はちゃんと見てるから」
「はい」
広間につくと、そこには既に沢山の隊士達がいた。酒はまだ飲んでいないらしく、お菓子をつまみながら軽く談笑している様子が見られた。
私は深呼吸を数回繰り返し、広間の中央へ進む。そこには近藤さんと土方さんが待っていた。
「遅い」
「すみません…」
肩を落とす私に、近藤さんが
「良いじゃないか、トシ!
なんてったって今日の主役は氷雨ちゃんなんだからな!」
と庇ってくれた。
「近藤さん……ったく、次からは気を付けろよ」
「はい」
土方さんの一声で、部屋中の音がピタリと止む。同時に、沢山の視線が私に突き刺さった。
…いづらい。
私は居心地の悪さを誤魔化すかのように、大きく息を吸った。
「本日付より、真選組一番隊に入隊することになりました。月山氷雨と申します。至らぬ所も多々あるとは存じますが、どうぞ宜しくお願い致します」
事務的で、何の捻りもない挨拶をする。
周りの反応は予想通りだった。
「…ふざけるな!聞いてない!」
言ってないからね。
「…子供じゃねーか!!」
子供だよ。見れば分かるだろ。
「…いっちょまえに刀ぶら下げてんじゃねーよ、女のくせに!!」
こちとら好きでぶら下げているわけではない。
送華死が私以外に抜けないからこうなったのだ。
…つーか。
「女が刀を握ってはいけないのですか?」
「あ、当たり前だろ!」
即答する隊士。
「それは何故ですか?」
「そりゃあ……」
言葉が出てこないのだろう。
当たり前だ。
女が刀を握ってはいけない理由など、どこにも存在しないのだから。
「答えられない、ということは…握っても良いということで宜しいでしょうか?」
あくまで自分は下手に、相手を上手に持ち上げる。そうしないとただの生意気娘になってしまう。
「…くそっ」
悔しいのか、分が悪いのか。
隊士は視線を逸らし、席につく。
なんだか酒の席が重くなってしまった。
これは間違いなく私のせいだろう。流石に自重する。大勢の前で一人を叩けば、その人は恥をかくことになるのだ。考えが足りなかった。
部屋を出る前に確かに入れた筈…私はポケットの中でソレを握る。
…持ってきておいて良かったな。
「皆さん。折角の酒の席を台無しにしてしまい、申し訳ありません」
私が頭を下げると、先程野次を飛ばしていた連中が口々に言う。
「お前の言う通りだ」
「酒が不味くなった」
…まだ飲んでないだろ。
心の中ではそう思いながらも、口には出さない。何故なら、今からもっと面白いものが見られるだろうから。
「お詫びに…」
そこで言葉を切り、ソレ…短刀を取り出す。
隊士達は勿論、近藤さんや土方さん、沖田さんも驚いていた。
その表情に満足した私は、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
そのまま短刀の刃を、自らの長い髪にあてがう。私は勢いよく切り落とした。
ジャキン…ジャキン…。
独特なあの音が、やけにうるさく響く。
あれほどうるさかった広間も、今は挨拶前並みに…いや、それよりも静かだ。
切り終わり、短刀を手から離す。
ゴトン、と鉛が落ちる音がした。
「…古来より、髪は女の命と言い伝えられてきました。神聖なものだと。
また、別の伝では巫女が髪を切り落とすことは命を差し出すことと同等の価値があるとされ、永らく禁じられていました」
口を挟む者など一人もいない。
私の独壇場だ。
「私は巫女ではありませんが…髪を切り落としました。どういう意味なのかは言わずとも理解していただけましたよね?」
そう言ってニコリと笑顔を見せれば、隊士達は皆、凍りついた。
…脅したかったわけじゃないんだけどな。
「近藤さん」
隊士達に背を向け、近藤さんに跪く。
土方さんと沖田さんは、淡々とした表情でそれを見ていた。
「近藤さん、私は確かに望んでここへ入隊したわけではありません」
その言葉で、再び広間はざわつく。
「しかし」
強く大きな声で前文を否定すれば、ざわつきは静まった。
「私を拾って下さったのは紛れもなく、貴方です。あのまま倒れていれば…本当に感謝しております。ですから私は、命ある限り、貴方に尽くします」
対価にはなりませんが、と付け足せば、慌てて首を横に振る近藤さん。
「十分すぎるくらいだ!命をかけるほどのことじゃない!」
「いいえ。助けていただけなければ、私は今、間違いなくこの世におりません」
言い終わると同時に、背中に重みを感じる。
そう、これはきっと責任を…いや違う。
これは…
「それでこそ俺の見込んだ女でさァ」
沖田さんだ。