長め

□ビブリオテラーの奇怪な話
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ピピピピピピピピピピピピカチッ!!


「んぅ…」

不愉快極まりないアラーム音を左手で止める。

時計を手に取って確認すれば、朝の6時。至って普通のいつも通りの起床時間だ。

「ふぁあ…」

あくびをすれば頭がたちまちに覚醒し始めた。
頭がすっきりと冴えている。

「…体が軽いような気がしねぇ事もねぇな。」

パジャマを脱いで制服のシャツに袖を通す。
スカートのプリーツやリボンの向きに気をつければ着替え完了だ。
階段を降りて洗面所へと直行して洗顔と歯磨きを済ませると、リビングで朝食が待っている。
リビングに続くドアを開ければ、使用人の小十郎が朝食を机に並べていた。二人分なのを見る限り、母はまた朝早くに出て行ったようだ。いつもの事だが。

「Good morning .小十郎。」
「おはようございます、政宗様。」

挨拶を交わしてからテーブルの前に腰をおろす。

今日の朝食は白米と茄子の味噌汁、蓮根と蒟蒻の煮物に小さめの魚の塩焼きという純和食だ。

「流石小十郎。いいbalanceじゃねぇか。」
「勿体なき御言葉にごさいまする。」
「じゃ、いただきます。」

手を合わせてから箸を取る。
相変わらず味付けも完璧だ。ニュースを流し見しながら朝食を平らげていく。隣の街でコンビニ強盗があった以外は特に大したニュースでもない。

「ごちそうさまでした。」
「弁当はこちらに置いておきますのでお忘れなきよう。」
「OK。」

食器を流しで水に浸してから鞄を取りに二階の自室まで戻る。
中身を確認してからリビングに戻って忘れずに弁当を追加する。

「それじゃあ行ってくるぜ。」
「お気を付けていってらっしゃいませ。」

午前7時、家を出た。







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私の最寄駅から学校の最寄駅までは一時間かかる。私立だからか街の奥の方に建っているのだ。

それでも8時半までには確実に校舎内に入ることが出来る。
ガラリと教室の扉を開けて席につく。

窓際の席は今日の空模様をよく写している。
今日は憎たらしい位の晴天だ。

(体育なくてよかったぜ。)

こんな日に体育なんざ暑くて倒れちまう。

疎らだった生徒も次第に席を埋めていき、ホームルームまでには全員が集まっていた。
教室に入ってきた教師がプリントを配る。

「えー今配ったのは進路の希望票です。来週の木曜日までには必ず提出するように。」
(進路、か。)

少なくとも近くは嫌だな。
どうせ皆右目のこと知ってるから居心地悪いったらありゃしねぇ。

(いっそのこと仙台から違うところ行くかね。)

プリントと共に配られた高校の冊子を眺める。

パラパラと捲っていると、あるページで手が止まった。

「…私立婆娑羅学園?」

なんとも珍しい名前だが、なかなか良さげだ。場所は東京。

(候補にしとくかね。)


あの母親から離れられるなら地球の裏でも構わないさ。





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空調が良く効いた教室で弁当の蓋を開けた。

時刻は12時半。昼休みだ。

「今日の弁当はっと……お、牛蒡の肉巻きだ。」

艶やかな醤油ベースのタレがかかった牛蒡の肉巻きと今朝も食べた蓮根と蒟蒻の煮物、葱入りの卵焼き、そして白米。

「いただきます。…うん。うめぇ。」

やはり小十郎の料理はうまい。私も見習わなければ。

話す相手もいないので黙々と弁当を平らげる。空になったのは15分後。

「ごちそうさまでした。…図書室でも行くか。」

昼休みが大分残っているのを確認して、図書室へ足を運ぶ。
教室と同じくらい空調の効いた室内である本を探し求める。

「えーと、この辺にあるかな…………あ、あった。」

少々分厚く感じるその本のタイトルは『ジキルとハイド』。先日、私を助けてくれた彼が私に向かって言った言葉。
昔一度だけパラパラと読んだことがあったが、改めて目を通す事にした。

「…あいつはなんだったんだ?」

貸出カウンターで当番をしていた男子生徒に本を差し出した。学籍番号を答えてからバーコードを通された本を受け取る。




「『物語に呑まれるな』、ねぇ…。」


私の中のハイドは一体どんな姿なのだろうか。
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