長め
□Persona4Change
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「…ここが稲羽、か。」
都心から電車に揺られ続けること数時間。大きな荷物を持った少年、鳴上悠が降り立ったのは自然溢れる小さな街、稲羽。
待ち合わせ場所に向かおうとキャリーバッグをガラガラと転がしながら道を歩けば、それなりに人がいる街という事はわかった。が、やはり自分がいた都会とはまるで違う寂れた所だと悠は1人不安を感じる。
「らっしゃーせー!」
通りかかったガソリンスタンドから若い男の声が聞こえた。
「ガソリンスタンドか…」
「あれ、お兄さん大荷物だね。旅行?」
少し立ち止まっていれば、一人の店員が声をかけてきた。
「いえ、ちょっとした引越しです。一年だけですけど…」
「あー!そういう事!わざわざお疲れ様!僕が言うのも何だけど、ようこそ稲羽へ!」
フレンドリーに(やや馴れ馴れしく)話しかけてきた店員が手を差し出してきたため、悠は反射的にその手を握り返す。
(寂れてるけど悪くない街だ。)
にこやかに手を振って男と別れ、待ち合わせ場所に再び足を向ける。
「たしか、この辺…。」
「おお、お前か?」
待ち合わせ場所に来ると、背後から渋い声。
クルリ、と振り向くとそこには一人の男性と少女。
少女は男性に隠れるようにしながらこちらを見ている。
「お前が悠か?」
「あ、はい。じゃあ貴方が…」
「堂島遼太郎だ。お前の母親の弟だな。こっちは娘の…」
「堂島菜々子、です…」
モジモジと照れながら自己紹介をする少女、菜々子に目線を合わせるように悠はしゃがむ。
「よろしくね、菜々子ちゃん。」
なるべく優しく声を掛ければ、菜々子は恐る恐る体を悠の前に表して、
「…よろしくね。」
この瞬間、鳴上悠はシスコンならぬナナコンへと変貌を遂げるのであった。
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「ここがお前の部屋だ。まぁなんだ、お前は俺の息子みたいなもんだから遠慮はしなくていいからな。」
「…有り難うございます、叔父さん。」
堂島家の二階に案内され、温かく迎えてくれた叔父に感謝しつつ悠は荷解きを始める。
と言っても備え付けのクローゼットに服を掛けたり本棚に本を並べたりといった簡単な作業ばかりだったので悠の荷解きはあっという間に終わってしまった。
「おーい!悠ー!」
これからどうしようか、と考えていると不意に階段の下から堂島の声がした。
「どうしたんですかー!」
「今日は午後から職場に戻らないと行けなくてなぁ!悪いが昼は作るか買うかしてくれー!冷蔵庫の物は好きに使っていいからなー!」
「わかりましたー!」
どうやら堂島は半休らしい。午後からは(恐らく)春休み真っ只中の菜々子と二人だ。
1階に降りてからリビングに向かえば、菜々子がテレビを見ていた。
「えぶでー!やんらいっ!じゅっねーす!」
ご機嫌でCMソングを歌う菜々子は随分可愛らしい。
「菜々子ちゃん。」
「なぁに?」
声を掛ければ素直に振り向いてくれた。いい子だ。
「お昼ご飯、何食べたい?」
「お昼ご飯?んーとね、菜々子ね、オムライス食べたい!」
「オムライスか…よし、わかった。ちょっと待っててね。」
菜々子のリクエストを聞いた悠はキッチンの冷蔵庫に向かう。
(卵はあるな。期限も大丈夫。肉は無いけどベーコンを入れよう。)
「菜々子ちゃん!玉ねぎって何処かな?」
「玉ねぎは畑だよ!」
「畑…?」
「うん!菜々子取ってくるね!」
「あ、一個でいいよ!」
畑がある事に呆気に取られた悠はとりあえず個数を伝えて菜々子を見送る。
(家庭菜園してるのか…俺もやってみたいな…)
「ただいま!はい、玉ねぎ!」
菜々子は直ぐに採れたて玉ねぎを差し出してきた。
ありがとう、とお礼を述べて受け取ると、なかなかに良さげなものだと思いつつ悠は台所に入って行った。
「料理できるの?」
「うん。しょっちゅう母さんも父さんも出張してたから…」
「そっかぁ…わ、すごーい!」
子供にとっては玉ねぎを微塵切りにする作業だけでもすごい技に見てるもので。その慣れた手つきに菜々子はキラキラと目を輝かせる。
「あのね、菜々子も手伝う!」
「本当?じゃあ卵をボウルに2つ割ってくれるかな?」
「わかったよ!」
素直な菜々子は冷蔵庫から卵を2つ取り出すと中くらいのボウルのなかにパカパカとたどたどしい手つきながらも割り入れた。
「出来た!」
「よし、上手だな。なら箸でかき混ぜておいてくれ。」
「うん!」
最初の態度が嘘のように人懐っこい笑顔でお手伝いをする菜々子を悠は優しく見守る。
玉ねぎとベーコンを刻んだ後は冷凍庫にあった保存用のご飯を電子レンジで解凍しながらフライパンで具材を炒める。玉ねぎが透き通って来たら解凍したご飯を放り込み、ケチャップを投入。ある程度ケチャップがご飯と絡んだら器に先にご飯のみを乗せる。
「菜々子ちゃん、卵貰えるかな?」
「はい!」
元気よく返事をしてボウルを手渡ししてきた菜々子と共に薄焼き卵を作る。
よく熱したフライパンに溶き卵を入れて薄く薄く焼き広げる。
「うわぁ!くれーぷみたい!」
やはり菜々子は喜んで悠の料理を見つめている。
「クレープか…今度作れたら作るよ。」
「本当?」
「あぁ。」
「やったぁ!くれーぷだ!」
ぴょんぴょんと小さくはねて喜びをあらわにする菜々子は嬉しそうだ。
「うん。出来た。じゃあここに乗せるね。」
今日のオムライスは簡単に薄焼き卵をケチャップライスに乗せるだけの手軽な物だ。
これなら時間もかからない。
「じゃあ運ぼうか。」
「菜々子はコップ持ってくね!」
「頼んだぞ。」
カチリ、と音を立てて時計が12時を示した。
「「頂きます!」」