長め

□ビブリオテラーの奇怪な話
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ブシュッ!


「っ…………!」

手にかかる生ぬるい感触で目を覚ました。
手に握るのは果物ナイフ。
目の前に転がる白い子猫の亡骸。

「う、うわっ…っ!?」

慌てて立ち上がって果物ナイフを投げ捨てる。

「え、なんで、私、が」

私は何故こんなことをしている?
私は部屋で寝ていたはずなのに。




何故私は夜中の路地裏で猫を殺しているの?





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最近、記憶がよく飛んでいく。

気がつけばさっきまでいた場所とは違う所に移動していたりすることがよくある。

夢遊病なのか、とも思ったが、医者からは何も言われなかった。

「……どうすりゃいいんだよ。」

裏路地でくしゃり、と髪を乱す。
家に帰りたくない。
母が居るのだ。
母は私が嫌いだから。
どうせ無視されてゴミを見るような目で見られるに違いない。
それに。

「昨日の猫みたいに、殺しちまいそうだ。」


まるで日頃の鬱憤をはらすかのように内臓を暴かれ、散らかされ、グチャグチャにされていた猫。
果物ナイフは慌てて血を落としてから猫の亡骸と共に埋めたから大丈夫だろう。その日は運良く日曜日だったから急いで新しい同じ種類のナイフを買って誤魔化した。

最近、妙に私が可笑しい気がしてならない。

「こんなこと小十郎にも言えねぇな。」

昔から私の世話をしてくれている小十郎は、私の唯一の味方だ。
出張で忙しい父と弟となるべく家に帰らないようにしている母の代わりに私と共に暮らしている。

もうすぐ6時。そろそろ帰らなければなるまい。
裏路地から出ようとしたその瞬間、グラリと視界が揺れた。


「…っ?!」


頭を抑えて俯く。

頭の中で誰かの声がする。

殺せ、殺せと。

私のようで私じゃない声がする。

「う、あ…」

ズルズルと壁伝いにその場にしゃがみ込む。

意識が落ちそうな程に五月蝿い声と激しい痛みに耐えていると、どこかから優しい声がした。

「おい、大丈夫か。」

頭上から聞こえたその声に重い頭を上げると、そこには自分と年齢の近そうな見た目をした銀髪の男子が立っていた。

「………?」
「病気か?」

その問いかけに首を少し横に振る。

「…そうか。なら、頭の中で声がするか?」
「………!」

その的確な問いに私は驚いて頷いた。

「…なら、その声はどんな声だ?欲求か?それとも衝動か?」
「…た、ぶん…衝動。」

少し難しかったが、殺せ、というのは恐らく衝動的なものだろう。

「…それは殺意か?それとも悲しみか?怒りか?」
「………………殺、意」


まるで症状がわかっているかの様な問いかけをしてくる彼はいつの間にか私と目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。

長く尖り気味の前髪からチラリと除く切れ長の爽やかな翠の目が美しいと感じる。

「…なら最後だ。その声は自分の声か?」
「……うん。」
「…あぁ。多分だがわかった。」

問いに答えた私の顔に手を添えた。





「ならば沈まれ、『ジキルとハイド』。」






その落ち着いた声と共に、私の頭の中の声と痛みは治まった。
すっきりとした脳内に私の声はもうしない。

「えっと…」
「治まったか?」
「あ、はい…」
「ならいい。…これからはストレスを溜めすぎるな。同じことがまた起こるかもしれないからな。」

確認を取った途端にその場を離れた彼に慌ててお礼を告げた。

「あの!ありがとう、ございました…!」
「……気をつけろ。『物語に呑まれるな』。」
「…?」


物語に呑まれるな…?



そういえばさっきも私に向かって『ジキルとハイド』と言っていた。
ジキルとハイドといえばジキルという博士が違う人格と入れ替わる薬を使ってハイドと言う衝動的な人格と入れ替わり続ける話、だったか。

「入れ替る…か。」

今までの私も違う自分と入れ替わっていたのだろうか。

そうだとしたら、《もう一人の自分》は、きっと衝動的で無邪気なのだろう。


さぁ、今日も家に帰ろう。
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