本
□「それと、」
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今日、七夕だねえ。
言われてから思い出す。そうか今日は七夕か。
天の川、とすぐに思い浮かべたが
生憎今日は雨だ。きっと天の川は氾濫していることだろう。
織姫と彦星、可哀想にな、と宙を眺めてぼーっとしていると、隣から高くも低くもない、聞き慣れた声が掛かった。
「ねえねえ岩ちゃん、今日うち来なよ!なんか、お母ちゃんが昨日大量にいろいろ買って来てたからすごい量のご飯できると思うんだよね」
「行っても大丈夫なら行く」
「ぜーんぜん大丈夫‼てか、来てくれないとたぶん困る…」
たぶん、七夕だから張り切っているのだろう。去年もこんな風に呼ばれたからだいたいわかる。
後で親にメールしておこう。
*
「…岩ちゃん、がんばろっか」
「………おう」
いくらなんでも張り切りすぎではないか。
相変わらず広いテーブルにはずらりとおびただしい量の料理が並んでいた。
食べられる気がしないのは及川も同じなんだろう。目が死んでいる。
「「……イタダキマース」」
まず目の前にあった唐揚げに箸をのばす。
一口でそれを口の中に収めると、
自然と食欲が次から次へと湧いてくる。不思議と、食べ物が胃に入っていく感覚は感じない。
部活後というのもあり、夢中で食べた。
この時の俺たちは、後の事など考えられなかった。いや、考えなかった。…だから後悔したのだが。
*
「ゔぅ……苦しい…」
「…さすがに食い過ぎたな」
畳に寝転がって膨れた腹をさすりながら、2人して呻く。
調子に乗りすぎたか、と顔を顰めてさっきの自分の暴飲暴食ぶりを後悔する。
「…あ、雨止んだっぽいよ」
「まじか。耳いいなお前」
及川が這いながらカーテンを勢いよく開けた。なるほど、確かに止んでいる。
「…ねー岩ちゃん」
「うん?」
「願い事、どうした?」
願い事か、全く考えてなかった。
「…考えてねえわ。お前は?」
「俺はね、とりあえずバレーで全国いけますように、みたいな」
「ははっ、お前らしいな」
「それと、」
少し沈黙が落ちる。
言いにくい願い事って何だ。
「…岩ちゃんと、ずっと一緒にいられますように、って」
思わず隣を見る。
及川の顔はほんのり赤くて、それを隠すようにうつむいていた。
…本当に、こいつは。
どれだけ俺を乱せば気が済むんだ。
「…俺もだよ」
「……‼」
まだ赤い顔をあげ、こちらを驚きと嬉しさが混じった顔で見つめてくる。
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、ぎゅううっと抱きついてきた。いつもなら、頭を触るとセットが崩れるだのなんだの文句を垂れるくせに、こういうときはかまわない。そんなとこが可愛いんだが。
「もう、ほんと、いわちゃん大好きっ」
「さんきゅ」
俺の胸に頭をこすりつけて幸せそうに笑う恋人を微笑みながら見つめ、それから夜空を見上げた。
愛しいこいつと、ずっと、ずっと
一緒にいさせてくださいと、輝く星に願って。