Story

□信じてるからこそ
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イベント当日楽屋にて
※奏目線


《僕ちょっと顔洗ってきます》

〈はいよー迷子になんなよー〉

カバンからタオルを取り出しながら言った類に
アキラが少し茶化したように…まぁでも
あながち間違ってもいない注意をする

《……ならないですよっ》

本人もやはり多少自覚があるようで、
今の一瞬の間で余計に心配になる

〈るーくん、僕着いてってあげるよ?〉

コンちゃんを抱っこしながら
パクとしゃべっていたたつき先輩が
いつもの優しい笑顔で名乗り出る

《ううん、ほんとに大丈夫です
 ありがとうございます!》

たつき先輩の申し出を丁寧に断ってから
じゃあ行ってきますといつもと変わらない
様子で類が楽屋を出ていったのが20数分前



〈……さすがに遅いですね〉

〈だよな〜もしかしてほんとに
 迷ってんのか?あいつ…
 それかどっか寄り道してる…とか?〉

本番前とは言っても、朝一からおこなった
最終リハーサルを終えて今は昼前。

昼食の時間も兼ねた休憩時間中で、
まもなくお弁当も届くらしく
それを楽屋で待っていたところだ

つまり夕方からの本番までは
まだまだ時間に余裕があるのは確か

かと言ってあの人一倍真面目な類が
顔を洗いに行ったついでに連絡もなしに
ふらふら何処かに寄ったりするだろうか?

〈この会場広いし…類ってば
 ほんとに迷子になってるのかも……
 ちょっと探しに行ってきますね!〉

〈僕も!ウィトっちと一緒に探してくる!〉

パクとたつき先輩が勢いよく楽屋を出ていく


ふとリハーサル中の類の様子が頭に浮かぶ
いつも通り…ほとんどいつも通りだった

でもあえて言うなら飲む水の量が
いつもより多かったとか

普段は踊っているとき常温の水しか
飲まないのに今日は途中でマネージャーに
冷えた水を用意してもらっていたとか…

そういえばリハーサルが終わった直後にも
顔を洗って、それから10分ほどしか
経っていないのにまた顔を洗いに……?

さっきまで気にもしていなかったことが
次々引っ掛かって嫌な予感がしてくる

理由は分からないけどなんとなく不安が大きくなる

〈おれもちょっと行ってきます〉

〈え、泉も?
 じゃあ俺も、心配だし一緒に行く〉

〈いや、アキラは残っててください
 探しに行ったおれ達と何処かで入れ違いに
 なって類がここに戻ってきたとき、
 もし誰も居なかったらそれこそ心配するし
 連絡してくれる人も必要です〉

先生が演出の最終確認でまだステージに
いる今、ここでアキラも楽屋を離れたら
類が戻ってきても先生が戻ってきても
誰もいない楽屋をみてきっと、
どうしたんだろうと心配するだろう

それに類がもし入れ違いで戻ってきたら
それを連絡してくれる役も必要だ

〈んぁーそれもそっか…先生も類も
 携帯ここに置きっぱだしな……
 わかった、じゃ俺はここで待っとくな〉

アキラに見送られて楽屋を出る

……さて、どこに探しに行くか…

パクとたつき先輩はおそらく、まず一番に
トイレ周辺を探している頃だろう

確かに今回の会場は広いし
通路も入りくんでいるところが多いから
自他共に認める方向音痴な類が
そのあたりで迷っていても納得できる

でもなにか…違う気がする


………もし、外の空気を吸いにいくなら…

本番まで時間があるとは言えさすがに
会場の真正面から外に出るとは考えにくい

だったら……裏の非常階段?

楽屋からはそこそこ離れた、しかも
トイレとも真逆の方向にある非常階段に
行き先を定めて向かうことにする

自然と歩くスピードが上がって
いつの間にか走っている自分がいた

確かここを曲がれば裏の非常階段に続くドアが……


〈……っ!類!?〉

角を曲がった瞬間、壁にもたれかかって
力なく座り込んでいる類が目に入る

〈類!どうした!?〉

慌てて駆け寄って肩に腕を回した途端に気付く

……異常に体温が高い

おれの呼び掛けにゆっくり顔を上げて
苦しそうな息を整えながら

《……あれ?…奏先輩?…あ、すみません
 …なんか急に…ふらってしちゃって…ははっ…》

無理して笑って。

《ちょっと外の空気……吸いたくて…》

壁に手をつきながらふらふら立ち上がる類を
咄嗟に後ろから両手をまわして抱き留める

《わっ……奏先輩…どう〈熱。〉

おれの腕を退けてこちらを振り向こうとした
類がぴたりと動きを止めた

《……え?》

〈熱、こんなにあるのに何で言わなかった?
 リハーサルもいつも通りこなして
 本番も誰にも言わずこのままひとりで
 我慢してやりきるつもりだったんですか?
 なんで類はいつも………
 いつもそうやって…無理して笑うの…〉

勢いでつい類を責めるような
口調になってしまった

でもここで座り込んでいる類を見た瞬間、
本当に焦った。心配した。取り乱した。

ひとりで我慢して抱え込んで無理するのは
なかなか直らない類の非常に悪い癖だ

……だからちょっとだけ、
責めるような口調になってしまったのは仕方ない


《……ね、つ?》

自分の中で軽く言い訳じみた議論をしていたとき
腕の中の類から掠れた声が聞こえた

〈そう、高熱です。いつからなんですか?〉

《ぼく……熱あるんですか…?》

…………え。

腕に大人しくおさまっていた類を
支えながらゆっくり床に座らせ正面から向き合う

〈まさか自分で気づいてなかったんですか?〉

《……熱かぁ…だから……
 なんか少し変、だったけど…今日本番だし……
 緊張とかかなって…思ってました》

はぁ……
もうひとつ類に早急に直してほしいのは
この自分に無関心なところだ

必死になにかに熱中していると
睡眠や食事すら忘れてしまう

だから自分の体調が優れなくても自分自身で
それに気付くこともなく、いつも通り
仕事をこなしていることも少なくない

無理して頑張っているというよりは
そういったことに全く関心をもたなくなるのだ

だからこそ本当に厄介だと思う

自己管理がなっていないと言ってしまえば
それまでだが、類が体調不良等で
これまで仕事に支障をきたしたことはない

耐えて耐えて……休みの日に1日中寝込むほど
一気に体調を崩し、次の日には意地でも
元気になってくるというのがいつものパターンだ

まぁ類はそんなこと一言もいわないが。

長い付き合いだし、メンバーはみんな気付いているはず

〈……とりあえず、楽屋に戻ろう
 みんな心配してるから〉

アキラに連絡しようと携帯を取り出した手を
横から熱い手が伸びてきて制止する

〈…類?〉

驚いて顔を上げると、さっきまで
虚ろな目をしていたのが嘘みたいに
強い意思を持った目と視線があう

類が言いたいことはよく分かる

こんな状態であることを他のメンバーや
マネージャーに知られたら、今日のイベント
出演するなと言われてしまうんじゃないか

スタッフさんはもちろんメンバーにも、
何より応援してくれてるメイトさん達に
迷惑をかけるようなことはしたくない

《……絶対ちゃんと、やりきります…》

だからみんなには黙ってて。そういうことだろう

〈奏先輩がやれるって言うなら
 僕は全力でサポートします。
 みんなもきっとそうです〉

あのときから1度も忘れたことのない言葉

《え…?》

急になんだという顔で類が首をかしげる

〈でもそれは奏先輩を信じてるからこそできることです〉

《………それ…》

おれが迷わず続きを口にすると
何かを思い出したように類が小さく声をあげた

〈だから奏先輩ももっと僕たちを信じて頼ってください
 ………類がおれに言ってくれたんでしょ?
 絶対大丈夫だから、信じて〉

しっかり目をみて伝えると類は
少しだけ俯いて、それからちゃんと頷いてくれた

アキラに類を見つけた旨と状況の説明をして
パクとたつき先輩への連絡を頼み
とりあえず今から楽屋に戻ると伝え電話を切った

類の様子を聞くなり今にも飛んできそうな
勢いのアキラを落ち着かせるのには予想以上に
苦労したがまあなんとか正気に戻ったようで安心した

はじめより少し落ち着いたものの
まだまだ苦しそうな類をおんぶして楽屋に急ぐ

類に絶対大丈夫だとは言ったが
実際相当な高熱であるのは確かだ

アキラや先生が類のことを心配して
出演をやめるよう言ってきたら……
もちろん全力で説得はするが
マネージャーさんも黙ってはいないだろうし……

これからのことを考えて少しだけ頭が痛くなった

楽屋の前に着き類をゆっくり降ろして
若干の緊張を感じながらドアを開いた…瞬間

〈お願いしますっ!!〉
〈絶対!ちゃんとやりきれるから!〉
〈僕たちもサポートします!〉
〈俺からも、お願いします〉

目にはいってきたのはメンバーみんなが
マネージャーさんと今回のイベントの監督に
一斉に頭を下げている様子だった

パクの必死な声に続き、アキラとたつき先輩
先生までもがお願いしますと頭を下げている状況に
理解が追い付かず固まってしまう

〈あっ!類!お前心配したんだぞ!〉

アキラがこちらに気付き駆け寄ってくる

〈ほ、ほら!思ったより全然元気っぽいし!
 本番まで時間もあるし!こいつ根性あるんで
 絶対なんとかします!ほんとに!〉

類の隣に立ち、マネージャーさんと監督を
必死に説得しようとするアキラ

どうみても虚ろな目で頬も赤く
苦しそうな表情の類は元気そうには見えない…
マネージャーさんと監督も困り顔だ

〈ほら2人とも何ぼさっとしてんだよ…!
 一緒にお願いして!ほら!〉

小声でアキラに促され、
おれも類もはっと我にかえる

《体調管理がなっていなくて本当にすみません
 でも絶対、やりきります
 ご迷惑おかけするようなことはしません
 だからどうか…出演を許してください
 お願いします!》

類に続き、もう一度
メンバー全員で頭を下げる

結局その後おれ達の勢いに負ける形で
マネージャーさんも監督も、高熱の類が
イベントに出演することを許可してくれた

《……みんな、ほんとにごめんなさいっ…
 ほんとに…ありがとうございます!》

今度はおれ達メンバーに深く頭を下げる類

〈るーくん、僕ちゃんとサポートするからねっ〉

〈ほんともう無理〜ってなったら言うんだよ類!〉

〈たつき先輩…ありがとうございます
 うぃともありがとう、分かった!〉

〈お前な〜今度からはもっと早く言いなさい
 ……心配しただろ〉

《はい…ごめんなさい》

〈まあ類のことだから自分の体調不良すら
 気付いてなかったとかゆうオチだと思うけどさ〜〉

《……アキラ先輩さすが…鋭い…!》

〈図星かよっ〉

メンバー全員で頼み込んだことによって
考えていたよりもずっとスムーズに類の
出演を許可してもらえたことに、正直
少し拍子抜けしているおれの前で
いつも通りの空気が流れはじめている

〈あの…正直おれはアキラや先生も説得する覚悟でした〉

おれの声にみんなが一斉にこちらを向く

アキラが類をじっと見てから少し笑って

〈確かに心配だし、ほんとなら大人しく
 帰って寝とけって言いたいとこだけど……
 でも俺が同じ立場なら絶対やらせてくれって言うし
 あんだけ頑張ってきた類の姿見てたら
 そりゃ出させてやりたいって思うだろ〉

その言葉に、先生が類の頭に手を置いて頷く

〈そうそう、それに類ができるって言うなら
 絶対できるもん。そうでしょ?〉

……類が前におれに言ってくれた通りだ

信じてるからこそ…
やっとほんとの意味で類の言葉を理解できた気がした

〈よしっ!じゃあ本番までに気合いで治すぞ類!〉

《はいっ!えっと…どうしよう
 坂道ダッシュとかしたらいいですかね?
 汗かくと熱下がるって言うし…》

はぁ…この子はほんとに……

〈ばっかかお前!気合いの入れ方間違ってんの!〉

〈も〜るーくん楽屋から出るの禁止っ
 変なことして悪化させちゃいそうだよっ〉

〈僕がばっちり見張っときます!〉

アキラとたつき先輩とパクの勢いに
目をぱちぱちさせる類

それを見た先生も、まぁまぁと苦笑いする

〈とにかくちゃんと弁当食べて薬のんで
 本番まで安静にしとくこと、わかった?〉 

《は、はい……》

ちょっとしょんぼりした様子の
類の後ろ姿に声をかける

〈類〉

《?あっ!ちゃんと安静にしますよ!ほんとに!》

振り返って首をかしげてからなぜか慌てて
ほんとに安静にしますよ!と繰り返す類

いや別にそこはそんな疑ってないけど…

〈……そうじゃなくて、〉

《はい…?》

〈…本番、思いっきり楽しみましょうね〉

おれの言葉に一気にぱあっと表情を輝かせる

《………はいっ!!》


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