Story

□ご名答
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ある日のダンス練習前
※奏目線


《奏先輩〜〜〜!》

遠くから、というか開けたままの
ダンススタジオのドアの外から
類のおれを呼ぶ声と足音が聞こえてきた

わざわざそんな向こうから大声で
呼ばなくてもどうせ部屋に入ってくるのに…

それとも何か急ぎの用か?とも考えたけど
さっきの類の声色からして
そこまで急を要する用件でもないように思えた

どちらにしろおれがここから同じように
大声で用を聞くわけにもいかない以上、
類がここにくるまで話は進まない

そこまで考えて、トタトタトタ!と勢いよく
部屋に近付いてくる足音を1度シャットアウトし
手元の楽譜に再び目を落とした

《わ〜ほんとに奏先輩来てた〜〜
 良かっ、あ…!ごめんなさい
 おっきな声出しちゃって…》

声が今度はすぐ近くで聞こえて
ゆっくり顔を上げると、類が
申し訳なさそうに両手で口を覆っていた

本当、類の反応を見てると
ときどき小さい子供を見てる気になる

〈おはよう類
 別にそんな集中してた訳でもないし
 気にしなくていいから〉

《あ、おはようございます…》

〈ふふ、何でまだ小声なんですか〉

そーっと小さな声であいさつする類に
思わず笑ってしまった

〈というか、ほんとに来てた〜って…
 おれって確信なくあんな大声で呼んだんですか?〉

《1階の鍵が開いてたし先に誰か来てるのは
 すぐ分かったんですけど、誰かまでは…
 でも僕!今日は電車降りたときからずっと
 真っ先に奏先輩に会える気がしてたからっ》

もしアキラやパクに同じようなことを言われても
まずこんな気持ちにはならないだろう
なぜかちょっとこちらが恥ずかしくなるような
でも悪い気はしないしむしろ気分がいいと言うか……

《あっ、そんなことより邪魔してごめんなさい
 どうぞ続けてください!》

続けるも何も、ちょっと早く着いたから
今練習している曲の楽譜に
なんとなく目を通していただけだが……

まぁいいかと思い、また楽譜に目をやる

そういえば類が部屋に入ってきて
おれだと分かったとき、
良かったって言おうとしていた

さっきは、大声でおれのことを呼んだから
本当に来ているのがおれで間違っていなくて良かった
という意味かと思っていたが……

そもそもおれに会える気がしていたからといって
顔も見る前にわざわざ大声で呼び走ってきた意味は?

はじめからおれに何か用があって、直感でおれが
来ていると思ったから慌てて走ってきた。
それで本当にいたから、
良かったって言ったんじゃないだろうか

それにこうしてる今も横から
とてつもなく視線を感じる
これは間違いなく何かある

ぱっと類の方を振り返ると慌てて顔をそらした

やっぱり……

〈用があるなら聞くけど〉

《ぅえ!いや何も》

〈そんなに見られたら気になります〉

《ごめんなさい…
 あの、次はちゃんと大人しくしてるので
 どうぞ続けてください!》

〈だからいいよ別に
 で?なにかおれに用があるんでしょ〉

《別にたいしたことじゃないんです…本当に…》

〈言ってみてください〉

《その……ピアノが……弾けなくなっちゃって…
 何を弾いてもなんか駄目で、おかしくて》

〈うん〉

《それで、どうしたらいいか分かんなくて
 とにかく奏先輩と話したくて…》

不謹慎だけど嬉しいと感じてしまった
こうやっておれに相談しようと思ってくれたことが

〈……類は自分では気付いてない
 みたいだけど相当な完璧主義者です。
 で、1〜2ヶ月の周期で類は
 その完璧主義が暴走する期間があります〉

《ぼ、暴走…ってそんな》

〈一番最近だと2ヶ月前、異常にハードな
 筋トレを続けているところを
 アキラにバレて1日中説教されてましたね
 その前は新曲のダンス練を早朝から
 夜遅くなっても止めず、先生に
 無理矢理帰らさせられてました
 その前は確か、ダンスの歴史について
 勉強を始め膨大な量の本や参考書を
 読み漁り空き時間見向きもしてくれないと
 タツキ先輩とパクが大騒ぎしました
 そのさらに前は…
《あぁぁぁ!分かりましたごめんなさいやめてくださいっ》

〈この流れでいくとそろそろくる頃だと思ってました
 ピアノ、何か弾いてみてください
 駄目なとこがあればおれが責任もって指摘します〉

《え!奏先輩が聴いてくれるんですか!》

〈はい、だからおれがちゃんと弾けてるって
 言ったら素直に信じること。約束できる?〉

《はいっ》

類の真っ直ぐな目を見てほっとする
今までみたいにひとりで悩んで
ひとりで苦しむ前に頼ってくれて本当に良かった


《僕、ほんとにだめだめですね
 思い返すとみんなに迷惑かけてばっかりだ》

1階下のピアノがある部屋まで移動している途中
類がうつむきながらぽつりと言った

〈類にだめな所があるとしたらそういうところ
 おれ達が類のことで迷惑に感じる
 なんてあると思いますか?〉

《…でも……》

〈類がこうやって困ってること
 話してくれておれは嬉しかったです〉

《……》

〈頼ってくれて、ありがとう〉

類はいっぱい"ありがとう"を言う子だから
今日はちょっと見習おうと思って
小さな声で伝えたら、ばっと顔をあげて
びっくりした表情の類

そんな驚かなくても…

急に恥ずかしさが出てきて類の
頭を少しだけ乱暴に撫でたら
その手を両手でぎゅっと握られて

《ありがとうは僕のほうです
 いつも助けてくれてありがとうございます
 頼りに、してます》

こんなに真っ直ぐ相手のほしい言葉を
言える類はやっぱりすごい
本人に自覚はないのかもしれないけど……

おれが見習うにはちょっと
ハードルが高すぎたようだ

《……奏先輩?》
〈さ、いいから、早く弾いてください〉
《?…はーい》


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