Story

□麗しい
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〈……ほんとに好きなんだなここ〉

[もうおれが買ったから]
[一緒に食べよう]

メッセージを送り少し離れた位置の
類を観察していると、おれからの
メッセージに気づいたようで通路の端に
寄って立ち止まり携帯に視線を向けている

と思ったら途端に顔を上げて
慌てた様子できょろきょろと
周りを見回しはじめた

〈…っ……〉

その様子があまりにもおかしくて
思わず出そうになった笑い声を
すかさず片手で抑えた

[こっちこっち]

[椎名 類:もしかしているんですか!?]

[いるよ]

Prrrrrr…Prrrrrrr…

片手で口元を抑えつつ
軽くパニック状態の類の元へ
向かっていると手の中の携帯が震えた

類からだ

〈はい〉

《奏先輩も来てたんですか!?》

〈来てたっていうか……〉

もうすぐで人混みを抜けられる

《お買い物ですか?》

〈いや……迎えにきました〉

《……え?》

類の横顔がはっきり見えてきた

〈類を〉

《えっ、わざわざ寄ってくれたんですか?》

〈寄ったというか、そもそも
 別に外出する用はなかったけど〉

《じゃあなんで…〈類の顔が見たくなっただけ〉

《ひゃ!?》

斜め後ろから近づいて耳元で言うと
類が数歩飛び退いた

さすが身のこなしが軽い

〈驚きすぎ〉

やっぱりこういうところが類の
からかいたく…いや、構いたくなる
1番の要因かもしれない

《びっ、くりしたぁ〜………》

さっきおれが囁きかけた方の耳を
両手で抑えながらとぼとぼと
こちらへ近づいてくる類

〈おつかれ様〉

《…………》

確かに俺の目を見ながらも
じっと黙ったまま動かない類

〈…どうしました?〉

《……ふふっ》

と思ったら急にいつもの笑顔で
くすくすと笑い出す

〈なに?〉

《ふふっ……いや
 僕がいきなり帰ってきてすっごく
 驚いてたお母さんをみて、僕も
 今の奏先輩みたいな顔してたのかなって》

〈今のおれの顔……
 いたずらが成功して楽しんでる顔?〉

《はいっ》

〈そんな顔、してる?〉

《してます〜すっごく楽しそう》

〈ふふ、そうですか〉

顔を見合わせてひとしきり笑ったあと


…………改めて類を見て分かったが

遠くから見えた白のカーディガンの下は
…グレーのラフなワンピースだったらしい

いつぶりかの類の女性らしい
服装に、急にらしくもなく少し動揺して
しまっている自分が恥ずかしい

《あの……奏先輩?》

〈え?〉

そんなことを考えていると思ったより
目の前まで近づいていた類に少し驚く

《その…ごめんなさい》

……ごめんなさい?
おれが迎えに来たって言ったから?

好きで勝手に来たんだから
類が謝ることなんてないのに

〈さっき言ったでしょう?
 迎えに来たのはただ、おれが
 類の顔みたくなったからです〉

《それも…なんですけど
 あの、服、着替え持ってかなかったから…
 実家に残ってるのこれくらいしかなくて……》

〈………〉

《すみませんこんな格好で…》

申し訳なさそうに俯いて
リュックの他に持っていた紙袋を
体の前に持ち直す類

〈……なんで謝るの?〉

《え?えっと、だって奏先輩…
 なんか急に目見てくれないし
 考え事してるみたいだったから…
 その…困ってるのかなって
 僕がこんな格好してるから》


はぁ…………

ほんとに類は変なとこ鋭くて
変なとこで鈍感だ

考え事っていったってほんの一瞬のことだし
目線を外したのはもっと一瞬だ

それなのにこの僅か数秒で
いつもと違う、と判断されたわけか

まあでも……

〈確かに困ってます〉

《やっぱり…》

〈類が可愛いから、意識しちゃうと
 まともに目も合わせられないなって
 考えてる自分に心底困ってます〉

《かわっ!?え!?》

〈そう、可愛すぎて困る〉

元から大きな目をさらに大きくして
見上げてくる類から
紙袋を取り上げる

《からかわないでください……》

消えそうな声で言う類が
やっぱり可愛くて少し笑いそうになったけど
ここで笑ったらほんとにからかっただけ
だと思われそうでぐっと堪えた

〈おれが今からかってるように見える?〉

また俯いてしまった類の顔を
真っ直ぐに覗き込む

《……見えない……けど…》

〈でしょう?
 だからほら、可愛い顔見せて〉

自分でも今気付いたが

はじめは類を見ておれが勝手に
恥ずかしがっていたくせに、逆に
類が照れ始めた途端次から次へと
言いたいことが言えるから不思議だ

まぁすべて本心なんだから仕方ない

《か、可愛い可愛いって……
 奏先輩いつもそんなの言わないのに…》

少しずれた眼鏡を直しながら呟く
その姿にすらどきりとする

〈あれ、普段から言った方がいいですか?〉

《いえ!!いいです言わなくて大丈夫です…》

〈ふふ、わかりました〉

語尾に全く勢いのない類に
思わず笑ってしまう

《……それでその、ほんとに僕を迎えに?》

〈はい〉

《着く時間も場所も言ってないのに?》

〈時間は距離を考えたらだいたいの
 検討がつくし、降りる場所も
 類の行動範囲的にここ一択でしょ〉

《やっぱりすごいなあ奏先輩…》

〈ほらこれ、一緒に食べましょう〉

《あっ!それ!いいんですか!?》

〈類と食べる為に買ったから〉

《うわ〜うれしいですっ
 ありがとうございます奏先輩》

純粋な目で見上げてくる類は
やっぱり何回見ても可愛い

〈……どういたしまして〉

あ、そういえば

〈ねぇ類、朝のメッセージ
 あれ何だったんですか?〉

《ん?》

おれが持ってるベーグルの入った袋を
夢中で覗き込んでいた類が
顔を上げて首を傾げる

聞いてなかったな……

〈ほら、青か水色かってやつ〉

《あぁ!
 …あっごめんなさい持ってもらったままで!》

何かを思い出したようにはっとして
おれがさっき取り上げた
紙袋を指さす類

〈これ?〉

おれがその紙袋を差し出すと
受け取って、なにやらごそごそと
取り出そうとする

《はい!これどうぞ》

目当てのものが見つかったらしく、
いい笑顔でおれの目の前に差し出す類

〈…これ…Tシャツ?〉

《そうです!お土産です》

〈これの色を聞いてくれたんですか
 わざわざありがとう〉

類から受け取ったTシャツは
綺麗な青色をしている

《地元の駅に新しいお店が出来てて
 そこで見つけたんです!
 "麗しい"Tシャツ!》

麗しいTシャツ……?

〈なんですかそれ?〉

《奏先輩のそのTシャツには"麗"で
 僕のこれには"しい"って書いてあるんです》

言いながら、おれのと同じ綺麗な青色の
Tシャツを嬉しそうに出す類

〈え…?〉

《奏先輩にぴったりだと思って!
 2人並ぶと"麗しい"になるんです〜
 明日の練習で一緒に着ましょうねっ》

〈…………はい〉

絶対アキラとパクに大爆笑されるだろうとか
先生に写真とられるだろうとか…色々
思うところはあったが、目の前でうきうき
している類を見ていると
全てどうでもいいような気がしてきた

《ちなみに水色だと"美しい"だったんです
 あっちも捨てがたかったんですけどね〜》

またベーグルの袋に意識を向け始めた
類が楽しそうに話す

〈…これメンバーみんなに選んだんですか?〉

ふと、類とある意味ペアルック的な
このTシャツのお土産がおれにだけなら……
なんて考えてしまった

《ううん、奏先輩にだけです!
 これからいっぱい一緒に着てくださいね!》

真っ直ぐおれの目を見て笑う類

〈そう…ですか〉

もしかしたらおれは自分で思っているより
ずっと単純なのかもしれない

類の言動に一喜一憂して
これじゃアキラやパクのことも
バカにしてられないな…

《どこで食べますか?
 天気いいし公園とか…
 ピクニックみたいで楽しいですね!》

〈そうですね、デートみたいでいいですね〉

2人並んで歩くおれ達は
傍から見たらそう見えるかもしれない

類はきっと顔を赤くして
慌てるだろうと、あえてデートという
言葉を使ってみた……のに

《奏先輩とデートか〜…
 じゃあワンピース着てきて良かったなあ》

類はおれとの距離をさらに縮めて
誰に言うでもなく嬉しそうに呟いた

……はぁ…
結局、振り回されてるのはおれの方みたいだ

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