CPなしとうらぶ

□カップケーキ
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「君の提案なら喜んで聞いてくれると思うよ。だから、呼んでおいでよ」

「そう…ですか?」

その時、暖かい部屋の中でうとうとしていた宗三左文字は、部屋の外から聞こえて来る話し声で目を覚ました。

「せっかくの素敵な思いつきなんだから、呼ばないともったいないだろう?」

「…分かりました。呼んできます」

「うん」

少々寝ぼけた頭でぼうっと声を聞いていると、会話が途切れ、部屋の障子が開けられる。そこから顔を出した小夜左文字は、宗三の様子を見てあっと声を上げた。

「ごめんなさい、寝てた?」

「ちょうど起きたところですよ」

宗三の返事にほっとした顔になった小夜は、先ほどの話からして何か提案があるらしい。どこから切り出そうかと迷うようにうつむいて視線を彷徨わせてから、そっと顔を上げた。

「兄様、その、提案があるんだけど」

「はい、なんですか?」

「…一緒に、お菓子を作らない?」

「作りましょう」

「!?」

考える様子もなく即答した次兄に、小夜が目を丸くする。

「…えっと、いいの?」

「お小夜からのお誘いなら喜んで」

間髪入れずに宗三が答えると、部屋の外から吹き出す音がした。途端に半眼になった宗三は、小夜の後ろにいた刀をじろりと見る。

「何か言いたいことでもあるのですか?」

「相変わらずだな、と思っただけだよ」

笑いながらそう答えた燭台切光忠は、小夜に視線を向けた。

「お菓子を作ろうと思った理由は言わなくていいのかい?」

「あ」

「理由?」

燭台切の言葉に、宗三は首をかしげる。どうやら、ただ作りたかったというわけではないらしい。不思議そうな宗三を見て、小夜はおずおずと口を開いた。

「最近、江雪兄様が忙しいでしょう?」

「ああ、江戸のほうへの出陣を繰り返していますからね」

「いつも大変みたいだし…、僕も、何かできないかと思ったんだ」

「では、お菓子を作るというのは、兄上のために?」

「そう。だから、宗三兄様もどうかと思って…」

「誘いに来てくれたんですね」

そう言った宗三は、ほかではなかなか見れない柔らかな笑顔で、小柄な弟の頭を撫でる。

「ありがとうございます。僕も兄上のために何かできるなら嬉しいです」




厨に行くと、そこには”ホットケーキミックス”と書かれた袋に入った粉とボウルが用意してあった。袋の文字を読んで、宗三は首をかしげる。

「ほっとけーき?よく短刀達が作っているあれですか?」

「そうだよ。今回はそれを使ってカップケーキを作ろう」

器具を取り出していた燭台切が振り向いて答える。

「かっぷけーき」

「兄様は、お菓子を作ったことはないよね…?」

卵を出していた小夜は、慣れない様子で燭台切の言葉を繰り返す次兄に少々不安を覚えた。

「ないですねえ」

小夜がほかの短刀達と一緒に時折簡単な菓子を作っていることがあるのは知っているはずだが、宗三自身は何も作ったことがないらしい。宗三の返事に、小夜は少し考えてから、計量器を用意した。

「まずは、材料を量るんだ」

「はかる」

「…ここに砂糖を入れていって。十分になったら言うから」

ボウルと口の開いた砂糖の袋を見せると、宗三はふんふんと頷いて手を伸ばす。

「ええ、分かりました」

砂糖を受け取った宗三は、その袋を無造作にかたむけた。





今回小夜達のために燭台切が用意してくれたレシピは、ホットケーキミックスと砂糖、バターと卵、牛乳を混ぜ合わせて、型に流し込み焼くだけの簡単なものだ。そこに好みでバナナやチョコレートを混ぜることもできるが、大して手間は変わらない。

つまり、初心者でもゆっくり進めればそれほど苦労しないレシピのはずだ。

「うわっ、宗三くん一気に出し過ぎ!」

「おや」

――残念ながら、例外は存在するが。

時々妙に思い切りのいいことをする宗三が砂糖の袋を一気にかたむけた結果、袋の口から勢いよく飛び出した砂糖はボウルにこんもりと山を作り、見守っていた燭台切が慌てた声を上げる。袋を持ったままきょとんとしている兄に、小夜はこっそりと顔を引きつらせた。

「…これだと多すぎるから、少し戻すよ」

スプーンで砂糖を袋に入れていくと、宗三がボウルを覗き込む。

「そんなに戻すんですか?」

「粉のほうにも砂糖が入ってるから…」

「なるほど」

これからケーキが焼きあがるまでにするであろう苦労に思いを馳せた小夜だったが、いつになく楽しそうな宗三を見て何も言わないことにした。





ふわりと甘い匂いが漂っている。廊下を歩いていた江雪左文字は、興味をひかれて厨のほうに向かった。

厨の中を覗くと、足音に気付いたらしい弟達が振り返る。

「…おかえりなさい」

「おかえりなさい、兄上」

「ただいま…戻りました…」

ゆるりと微笑んだ江雪は、甘い匂いの元らしいオーブンに視線を向けた。

「何か、作っていたのですか…?」

「お菓子を、作ってたんだ。燭台切さんに手伝ってもらって」

「もう少しで出来上がりますよ」

「そうですか…」

「ああ帰ってたんだね、江雪さん」

弟達の説明に長兄が穏やかに頷いたところで、席を外していた燭台切が戻ってきてにこりと笑う。

「最近忙しい江雪さんのために作った、って話はもう本人達に聞いたかな?」

「…!」

切れ長の瞳を見開いた江雪は、照れたように視線を外してしまった宗三と小夜に、近寄った。

「ありがとうございます…。あとで…、皆で食べましょう…」

「…!はい!」

「…ええ」

そっと2人の頭を撫でて告げた言葉に、驚いた顔をした小夜も、恥ずかしげに視線を彷徨わせた宗三も、嬉しげに頷いた。



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