とうらぶCP物(基本単発)
□髪飾りと金平糖
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序章.11月半ば
この本丸には、よそから引き取った三日月宗近がいる。
審神者が年老いたり病気になったりして解散になる本丸は時々あるため、それだけなら特に変わったことではなかったが、この本丸の三日月には特殊な事情があった。
「三日月さん、今日の体調はどうですか?」
「うむ。問題ないようだ」
おっとりと頷いた美貌の太刀の様子におかしなところがないと判断して、この本丸の主たる審神者はほっと息をつく。
「本体のほうにも異常はないですし、今のところは問題なさそうですね」
「抑えてもらっているからなあ」
手袋も手甲も付けていないためむき出しになっている左手に視線を落とし、三日月は微笑んだ。本人は気付いていないようだが、ほんのりと笑う顔は幸せそうだ。
(…仲が良さそうでよかった)
審神者も釣られて笑顔になったその時。
(ああ、来たのね)
廊下から、こちらに向かう足音が聞こえてきた。近づいてきた足音は、部屋の前で止まり、
「失礼します」
「どうぞ」
外から声が掛かる。三日月がぴくりと身じろいだのに吹き出しそうになりながら審神者が応えると、開放されていた障子から空色の髪をした刀が顔を出す。
「いつも言ってますけど、障子が開いているんだからそこで立ち止まる必要ないんですよ?」
「いえ、そういうわけにも参りません」
折り目正しく答えた刀――一期一振は、部屋の中に入ると座っている主に合わせて膝をついた。
「今日の確認はもう?」
「終わりました。異常は見当たらないので連れて行って大丈夫ですよ」
「はい」
一期は三日月に視線を向ける。
「では、行きましょうか」
「分かった」
ふんわりと笑った三日月に笑い返した一期は、立ち上がり審神者に頭を下げた。そして、続いて立ち上がった三日月に手を差し出す。こちらも審神者に一礼した三日月は、素直に手を預けた。
「主さん?楽しそうですね」
ひょこり、と顔を出した堀川が声を掛けた。仲良く出て行った2人を面白そうに見送った審神者は、堀川に顔を向ける。
「随分仲良くなったものだと思いまして」
「あ、今日もお迎えが来てたんですか」
堀川は納得したように頷いた。
――この本丸の三日月宗近には特殊な事情がある。
一つは、とある事情により、少なくとも半年ほどは本丸の外に出られない体になってしまったこと。当然出陣も演練もできないため、練度は1のままだ。
そして2つ目は――、この本丸に引き取られるとき、一期一振に嫁ぐ形になったこと。これは三日月当人の事情のせいであるため、三日月のほうは戸惑いながらもおとなしく嫁いできた。
一期のほうに関して言えば拒否権はあったのだが、自分の主に迷惑を掛けるわけにはいかない、とこちらもおとなしく受け入れている。
そんな2人だったが、ずいぶんと仲良くなったようだった。
三日月はこの本丸に引き取られた刀だが、本人は元いた本丸のことをほとんど知らない。というのも、三日月が顕現したとき、その本丸には誰もいなかったからだ。
後から聞いた話だが、その本丸はどこかおかしなところに繋がっていたのか、ひどく穢れが溜まってしまっていたらしい。三日月はそこを使っていた審神者が所有していた刀だったらしいが、2振り目だったのか顕現はされないままになった。
現在その審神者は穢れのせいで体調を崩し休養しており、本丸のほうは穢れがどうにもならなくなってしまい放棄の予定となっていたのだが、そこに残されていた未顕現の刀剣のうち三日月だけがどういうわけだか顕現してしまった、ということらしい。
このような審神者の意思に依らない顕現はごく稀にあるらしいが、三日月はその中でも特殊な事例だった。
「三日月殿」
部屋の中からぼんやりと庭を眺めていた三日月は、一期に顔を覗き込まれて瞳を瞬かせた。
「大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫だ」
三日月が笑ってみせても一期は心配そうな顔のまま首を傾げる。
「体調がすぐれないのであれば主殿に…」
「少しぼんやりしていただけなんだが」
実際、考え事をしていただけで体調が悪くなったわけではない。繰り返し大丈夫だと言うと、ようやく安心した顔になった一期は隣に座り直した。
「それならいいのですが…」
「本丸にいる限りは心配いらないはずらしいぞ?」
「はず、というだけです。ですから、何かあればすぐに言ってくだされ」
そう言いながら一期は手を伸ばしてきた。手袋を外した手でやんわりと頬を撫でられ、三日月はふにゃりと笑う。
「ん、分かった」
嬉しげに頬を擦り寄せる三日月に、一期も目を細めた。
正式な手順を踏まない顕現を穢れが溜まった本丸でしてしまったせいで、三日月の本体にはその穢れが染み付いてしまっている。正常な本丸からしばらく出なければ穢れは消えるそうだが、問題は穢れが消えるまでの時間だ。
穢れというものを本体に溜め込んでいるのだから、当然三日月にも悪影響があるどころか、下手するとその穢れを周囲に撒き散らしかねない。そこで、ある程度力がある高練度の刀剣が穢れを抑えることになり、この本丸の一期に白羽の矢が立った。それが婚姻、という形になったのは穢れを抑える方法のせいだったが。
「ところで一期」
「はい?」
「いつも言うが敬称はいらないからな?」
「あ、っと…」
「いらないからな?」
途端に視線を彷徨わせる夫の顔をじっと見つめると、一期は観念したように眉を下げた。
「すみません、なかなか慣れなくて」
「すぐに慣れろとは言わないから」
「…はい、三日月」
「ふふ」
困り顔ではあったものの敬称なしで呼んでもらえたことに満足した三日月は、機嫌よく用意してあった茶を口にした。