とうらぶCP物(基本単発)

□月の雫が落ちる
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「…おい。お前、ここで茶を飲む気か」

「そのつもりだったが…だめか?」

目の前で首をかしげる三日月宗近に、大包平は思わず渋面を作る。

遠征に出ていった鶯丸に頼まれたと言って、三日月が大包平の分の茶菓子を持って部屋に来た。そこまでは、いい。何故わざわざそんなことをこいつに頼んだのかと遠征先の鶯丸に訊きたくなったが、そこで菓子を拒否するほど大包平は子供ではない。

だが、三日月が持ってきた茶菓子は何故か2人分であり、さらには2人分の茶の用意までしてあった。明らかにこの部屋で菓子を食べる気だ。

「だめだ!何故俺がお前と茶を飲まなければならん!」

そういうことは鶯丸としろ!と言うと、三日月は困ったように眉を下げる。

「鶯丸は今日はいないぞ」

「なら、今日は別の誰かと飲め!」

「俺は大包平と茶を飲みたいのだがなあ」

おっとりと返事をする三日月は、そう言いつつ茶菓子の皿をこちらに寄せてきた。

「今日の饅頭は燭台切の自信作だそうだぞ」

思い切り溜め息をついてみせながら大包平は皿を受け取る。三日月がここで茶を飲む気でいるのは解せないが茶菓子に罪はない。

「早く行け」

皿は受け取ったのだから、三日月を部屋に置いておく理由はもうない。そう考えた大包平は、さっさと三日月を追い出しにかかることにした。

「ん、行かなくてはならないか?」

「菓子は受け取った。俺はお前と茶を飲む気はない。だからお前は別のところに行け」

「俺はあるぞ」

「お前にいくらあっても俺にその気はないと言っているだろう」

「だが」

「しつこい、早く行け」

やたら食い下がる三日月に、しっしっと手を振る。何か言い返すかと思いきや、三日月は突然黙った。

「…大包平とは、少し仲良くなれた気がしていたのになあ」

ややあって、ぽつりと零された言葉に、何故か少しどきりとする。

確かに出会ったばかりの頃よりは多少会話はするようになっているし、必ずしも喧嘩腰になっているわけでもないが、仲良くなった覚えはない。それなのに、そう言い切ることがどういうわけか躊躇われる。

「別に、仲が良くなったわけではないだろう」

ぼそりと返事をした大包平は、次の瞬間焦って立ち上がった。

「お、おい!」

狩衣の裾をぎゅっと握り締めた三日月の瞳が、揺れている。長い睫毛に覆われた瞳から、じゅわりと雫が膨れ上がった。

「な、な、」

はくはくと口を開閉させている大包平の目の前で、雫は重みに耐え切れずに落下する。ぱた、と座卓に涙が落ちる音に、我に返って膝をついた。

「何故泣く!」

「す、すまぬ」

おろおろと俯き、三日月は悲しげに言葉を漏らす。俯いたせいで涙がぽろぽろと落ちていくのが、ひどく痛々しく見えた。

「仲良くなれたと、勝手に思い込んでいたのが、その、少し寂しくなって」

「こするな。赤くなる」

くすん、と鼻を鳴らし、懸命に涙を拭う三日月の手を、大包平は慌てて掴む。すまぬ、ともう一度小さな声で謝った三日月は、普段の余裕はどこへやら、すっかりしょげた顔になってしまっていた。

「その、悪い」

まさか泣かれるとは思っていなかったせいで、大包平はひどく動揺していた。仲が良くなったわけではないと思うが、傷付けたかったわけでもない。

「俺が、勝手に思い込んで勝手にがっかりしただけだ。大包平は悪くない」

ふるふると首を振る三日月は、そっとこちらを見上げて小さく笑って見せた。笑っているにも関わらず、その瞳は悲しげな色を滲ませたままであることが、大包平の胸を痛ませる。

「分かった、分かった。今日のところは一緒に茶を飲んでやる」

「ほ、本当か?」

罪悪感に耐え切れず、遂にそう言った大包平に、潤んだ瞳が大きく見開かれた。

「あ、ああ」

こちらを見上げる三日月が、表情のせいかあどけなく見え、鼓動が跳ねる。思わず視線を逸らしつつ、細い手を離した。あたたかな手を離すのが名残惜しく感じ、それを必死に意識の外に追いやる。

その間に三日月が湯呑みに茶を注ぎ始めた。まだ瞳は濡れているものの、ふくふくと嬉しそうに笑いながら用意をしている三日月を見ていると、ほんのりと心があたたまる。理由は分からないが、なんとはなしに嬉しくなった。

「入ったぞ」

差し出された湯呑みを受け取り、口を寄せる。程よく甘みが引き出された茶に、ほっと息をついた。

「………」

大包平はこっそりと瞳を動かし、三日月のほうを見る。座卓の向かいに座った三日月は、饅頭を頬張っているところだった。

小さな口を開けて饅頭を囓り、むぐむぐと咀嚼している様子は、どことなく小動物に見える。気に入る味だったらしく、瞳を細めてふにゃふにゃと笑った。

気の抜けた顔だと思いながらも目が離せず、大包平は困惑する。

「食べないのか?」

その視線に気付いたのか、不思議そうに首を傾ける三日月は、我に返った大包平が饅頭を口にするとまたふにゃりと笑った。

「…うまい」

「うん、そうだろう」

にこにこと笑う三日月を見ていると、この穏やかな時間を一度で終わらせてしまうのが惜しいような気持ちにさせられる。

「大包平、…明日も、来ていいか?」

そしてそれは三日月も同じだったらしい。おずおずと差し出された提案に、顔が緩みそうになり、慌ててこらえた。

「別に構わない。来たいなら来ればいい」

「あい」

返事はつい素っ気なくしてしまったが、三日月は嬉しげに頷く。また、胸の内がふわりとあたたかくなった。





あれから分かったことだが、三日月はひどく泣き虫だった。

大包平に冷たく対応されるとすぐ瞳を潤ませるし、遠征などで長時間顔を合わせなかったような日は顔を合わせた途端寂しかったと涙を零す。まるで子供のようだと思ったが、どういうわけだか周囲には泣き虫だとは知られていないらしい。泣いているところなんて見たことない、と本丸の刀達は口を揃えて言うのだ。

ただ、鶯丸と三条の刀達は何かしら気付いているらしく、気を許してもらえてよかったな、という反応だったが。

「いいのか…?」

「いいことだろう?仲良くなった証拠だ」

雑談をしに来ていた鶯丸は、最近の三日月の泣き虫っぷりについて訊くと、そう言って笑った。

「三日月は自分の弱さを見せることが苦手なんだろう。だからほかの刀達にはお前に見せている顔を見せない。逆に言えば、周りには見せようとしていない顔をお前にだけ見せているんだ」

「そ、そういうことになるのか」

そう言われると、妙に気恥ずかしいものがある。ぽりぽりと頬を掻き、大包平は視線を彷徨わせた。

「…あいつに泣かれるのは、困るんだが」

目の前でぽろぽろと雫が落ちていくのを見るのは、苦手だ。三日月が悲しそうな顔をするのも、苦手だ。

「泣かせなければいいだろう」

「無理に決まっているだろう!しばらく離れていただけでも泣かれるんだぞ!」

「それはまた」

にやにやと笑う鶯丸は、どう見ても面白がっている。

「随分と好かれているじゃないか」

「す、好かれ…!?」

思わぬ言葉に目を白黒させて、大包平は身を乗り出した。

「どういう意味だ!」

「さあな」

しれっと視線を外して茶を飲んでいる鶯丸を睨み付け、大きく息を吐く。この調子の鶯丸が素直に白状したことなどないのだから、これ以上は問い詰めても無駄だ。

「…とにかく、これはいいことだと捉えていいんだな?」

「ああ、そうだとも」

「…なら、いい」

自分が三日月にとって特別な立ち位置にいると知ったことは、何故だか満足感を呼び起こした。その感情に戸惑い、大包平の言葉は歯切れの悪いものになる。

「まあ、また泣かれるようなら、その時は存分に慰めてやればいい」

その様子に気付いたのか気付いていないのか、鶯丸はさらりとそう言い、それから開け放した障子の向こうに視線をやった。

「誰かが来ているな」

言われてみれば、ゆっくりとした足音が近付いてきている。その足の運びには覚えがあり、大包平は思わず立ち上がった。

障子から顔を出すと遠征から帰ってきたらしい三日月と目が合う。

「ああ、噂をすれば、というやつか」

後ろから顔を出した鶯丸がそう言って、部屋に引っ込む。と、思いきや、自分の湯呑みを持って出てきた。

「邪魔者は退散しよう」

「お、おい」

さっきのやり取りがまだ頭にこびり付いているのに、三日月と2人きりになれと言うのか。思わず捕まえようとした手をするりと避け、鶯丸はさっさといなくなってしまった。

「大包平」

ひとまず鎧だけは外してきた様子の三日月は、とことことそばに寄ってきてこちらを見上げる。その瞳がすでにうっすらと潤み始めているのに気付き、慌てて部屋に引っ張り込んだ。

部屋に入り、障子を閉めた途端に三日月は堰を切ったように涙を零し始める。まろい頬をころころと雫が転がり落ちていくのは、何度見ても慣れるものではない。

「おおかね、ひら…」

『随分と好かれているじゃないか』

ぐすぐすと泣きながら途切れ途切れに名前を呼ばれた途端、鶯丸の言葉が蘇り、鼓動が跳ねた。

「なん、だ」

「寂しかった」

「少し遠征で離れていただけだろう」

「…でも、寂しかった」

「…分かったからそれ以上泣くな」

ますます涙の量を増やした三日月に手を伸ばし、涙を拭う。そして、細い身体を引き寄せて抱き締めた。

――相談を持ちかけた鶯丸にも言えなかったことがある。

それは、三日月を泣きやませようと試行錯誤するうちに、気付けばこうして触れ合うようになったことだ。

ただたんに三日月がぬくもりに触れると落ち着くからであって、特におかしなことではないと思う。ないとは思うが、他人には言いづらい。

初めて抱き締められた時にはひどく驚いていた三日月は、最近では慣れてきたらしく、腕の中で目を閉じて安心したような顔を見せている。まだ涙が零れ落ちているが、嗚咽は小さくなった。

(可愛いな)

ふっと頭にそんな言葉が浮かぶ。次の瞬間、急に鼓動がどくどくと鳴り始めた。

何故、可愛いと思ったのか。どうして三日月の涙に毎回動揺してしまうのか。どうしてこのぬくもりが腕の中にあることが嬉しいのか。

(ああ、そうか)

その意味に、気付いてしまった。

自分は、この泣き虫な刀に恋をしているのだと。

心のどこかではとうに分かっていたことだからだろうか。大包平は、自分でも驚くぐらい、すんなりとその事実を受け入れることができた。

「どうか、したか?」

急に鼓動が早くなったことは三日月にも伝わったらしい。ことりと首をかしげて大包平を見上げてくる三日月――愛くるしい想い人に、どう返事をしたものかと迷い、

「別に」

大包平はただそう返した。自分の想いを受け入れたからと言って、急に告白できるわけがない。

今は言葉では何も言えない代わりに、こっそりと想いを込めて黒髪を撫でる。

撫でられるのが心地よかったのか、嬉しそうに頬をすり寄せてくる三日月に目を細め、ずっとこうしていたいと密かに思った。
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