短編

□ホタルのいる図書室
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お昼ご飯をさっさと片付けて、騒がしい教室を誰にも気付かれないようそっと抜け出す。
早足で人の入れ違う廊下を通り抜け、奥へ奥へと進めば段々と人気のない廊下へと続いていく。
喧騒から切り離されたところにある図書室。そこが、私が毎日のように通う目的地である。

扉に手をかけ静かに横へとスライドさせれば、ふわりと本独特の香りが肺を満たす。図書室の中は相変わらず2、3人程度しか人がいないようで、昼休みとは思えない静けさに包まれていた。
つかつかと中に進んで一目散に向かうのは、私の所定席となりつつある、本棚に隠れるように鎮座する奥まった席。
あまり人気のない図書室の中でも、特に人気のない席だ。

私の通う烏野高校の図書室はかなり古く、新刊が入るのなんて本当に気まぐれ程度。おまけに教室とは少し離れた薄暗い所に位置しているため、生徒のほとんどが敬遠する場所である。
そんな図書室の中でも特に、他の席から切り離されたように奥まった場所にあるこの席は、薄暗いうえに冷暖房から一番離れているために誰も近寄ろうとしない。
だが、人付き合いが苦手な私にとっては最高の席なのだ。

誰も知らないだろうが、天気の良い日は窓から入り込む陽射しや風がどの席よりも心地よくて、凄く落ち着く。
それに、人の視界から外れた場所にあるというのもまるで私だけの箱庭のようで、安心できるのである。
うるさいのは苦手だ。ここは、静かで良い。


昼休み、私がいつもここでする2つのこと。
1つは、自分で持ち寄ったものか図書室の小説をゆっくりと読み進めること。

そして、もう1つは。


(……今日も来てるんだ、あの人)


最近ここに毎日来るようになった、よく目立つ長身と金髪を持つやけに顔の良い眼鏡の男子生徒。
彼が今日もこの図書室に来ているのか確認することである。



*


あの人夏休み明けあたりから毎日いるなぁ、なんてことに気がついたのは、夏休みが明けてから二週間程経ったくらいの頃だった。
昼休みにわざわざこんなところに足を運ぶ変わり者だなんて、片手で足りる人数しかいない。見たことのない人がいるのが珍しくて、余計に印象に残ったのかもしれない。
座る席は日によって違うけれど、決まって扉から近い席。
課題か何かをやっていたり本を読んだりとやることはまちまちだが、いつもヘッドホンで何かを聴いている。
彼は所謂“イケメン”というやつで、涼やかな目元には眼鏡がよく似合い、色素の薄い髪は日の光を浴びるときらきらしていて、凄く綺麗で様になる。
……私が知っているのは、その程度だ。
彼が何年生でどこのクラスなのか、名前すらも知らない。

だけど、それでいい。
私としてはこの静かな空間さえ守れればどうだっていいことなのだ。
彼にとっても私のことなんてどうでもいいだろうし、そもそもの話、彼が私の存在を認知しているのかすら怪しいところだろう。


本棚から適当に本を見繕い、あらすじを流し読みしながらまた棚に戻して他の本を取り出すというのを何度か繰り返す。
どうしよう、今日はアガサ先生の本にしようかな。
こうしていつも読まないジャンルや作者を発掘しようと試みるものの、週に一度くらいのペースで私の敬愛するアガサ先生の本に戻るのだから困ったものだ。
今日は普段読まない恋愛ものでも読むか…あ、これでいいか。恋愛サスペンスホラーだけど。どんなジャンルだ、これ。

今日読む本を見つけ、さっさと奥の席へと引き返す。
振り返った時、少しだけ眼鏡さんと目が合ったような気がしたが、気のせいだろうか。
今日は天気が良いから、きっとこの席も暖かいだろう。少しだけ窓を開けると、柔らかな風がふんわりと頬をなでた。
4つある椅子のうち、こちらに背を向ける位置にある席に腰をかけて本を開けば、そこからはもう、誰にも邪魔されないゆったりとした時間が流れ始める。

本を読むのは好きだ。
誰にも邪魔されず、自分のペースで過ごせるから。
人と話したり、うるさいところにいるのは苦手。
言葉にするのが下手だから、何と返そうかと考えているうちに相手を苛つかせてしまうのではないかと不安になる。
だから、ここは好き。
ここは静かだから。
一人でも、気にならないから。


本のページ数が半分あたりまできたところで、授業10分前を知らせるアラームが小さく鳴る。もうそんなに時間が経ってしまったか。
物語に熱中していると時間の進みが早く感じる。そのせいで次の授業に遅れかけてしまうことが何度かあったので、途中からこうしてアラームをセットしているのだ。
いいところだったけれど、仕方ない。残りは今日の放課後にしよう。
今回の話は中々のヒットかもしれない。まだ途中までだけれども物語の引き込み方が自然で、トリックも単純だけど巧妙だ。
満足感で浮き足立つ足で席を立ち、本を元の場所に戻す。
帰りがけにあの眼鏡の人の方をチラリと確認すると、相変わらずの仏頂面のままイヤホンで何かを聞きながら本を読んでいた。
横目で見ながら出入口に向かう途中、ふと眼鏡さんの視線が本から外れる。その視線が、ぱちりと私の視線と交わった。
眼鏡さんの目が僅かに見開かれたと思いきや、その目はすぐに逸らされてしまった。
私はそれに首を傾げながらも、まぁいいか、と図書室を後にした。
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