愛情1リットル108円

□8:そちらへ行くために
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翌日の日曜。

今日は三回戦があってそれに勝つと県ベスト4に入る。

けど県ベスト4なんて獲って当たり前。何の肩書きにもなりはしない。

全国で一位にならないと。

分かっているのに、あんまり乗り気じゃない。

少しでも気が逸れると真波に言われた言葉を思い出してしまって、思わずボールを弄っていた手をとめた。

「うちにおいでよ……」

言われた言葉を反芻してみる。

スポーツをやってる人間なら誰もが出場を憧れる大会、インターハイ。バスケだとウインターカップに並ぶ最大の大会。そのインターハイで王者と呼ばれ常勝を果たしているうちの学校の自転車競技部。

そこは、毎日みんな大量の汗をかいて誰よりも速くなろうと必死に努力している。吐いても倒れても何しても、立ち上がって頑張る姿を見て俺が何度羨ましく思ったことか。

昔の俺が、今の彼らに重なって。

止まっていた腕を動かして、指先でボールを回転させる。

俺の指先で器用に回るボールを見つめて息を吐き出した。

とりあえず、今日の三回戦。

勝ち抜こう。







無事三回戦も勝ってこれで県ベスト4入り。

20点ビハインドになったときはどうやって目立たないように点を取り返すか随分焦ったな。

一山越えた安心感に溜め息を吐いてユニフォームやバッシュが詰め込まれたエナメルバッグを肩にかける。

体育館を出れば気持ちいい風が吹いていて少しだけ心が軽くなった。

今回の予選で勝ち進んだ四校はここ、箱根学園と他の高校は聞いたことがない学校で、次の試合でよく分からない二校が戦ってそれからこっちが戦って、勝ったら決勝、負けたら三位決定戦だ。

当然、目指すはインハイ優勝なんだから県優勝しないと話にならないわけだけど。

行き帰りの安全を考慮して歩いて体育館まで来ていた俺は、家に帰るべく一人寂しく歩き出す。

風に背中を押されて箱根の坂をすいすい登っていると、後ろから大きな追い風がぶわっと吹き付けて。

「やぁ!良くん!」

あまりにも強い風に目を閉じた一瞬、それから目を開くと俺の少し前にはサイクルジャージを来て白いロードに跨がった真波がいた。

「真波…」

どこから来たんだとビックリして名前を呼べば彼は心底嬉しそうに笑ってロードから降りる。

「こんなとこで何してるの?それにしても今日はいい風だね!思わず本気出しちゃったよ」

えへへ、とはにかむ真波は天使のようでやばい。今の俺相当疲れてるな。

早く帰って寝ようと思いながら目頭を押さえる。

すると真波はヒョコッと俺の顔を覗き込んで首をかしげる。

「どうしたの?頭痛?」

「ん?あ、違う。俺疲れてんなーって思って」

「そうなんだー。ね、何かあったの?」

「インターハイ県予選の三回戦やってきた」

「えっそうなの?三回戦までいったんだ。先輩たちが話してたんだけどハコガクバスケ部は弱いから毎年初戦敗退だって言ってたのに。すごいね」

何とも無いようにいうと驚いた反応が返ってくる。

それに対して俺は白目をして首をすくめる。

「俺がいて初戦敗退なんてしたら恥ずかしくてもうバスケできないじゃんか。俺の目標はインハイ優勝。最低県優勝しないと話にならないんだからベスト4で喜んでられな〜い」

「え?ベスト4ってことは三回戦勝ったんだ!」

「ん。次は決勝だ」

「三位決定戦は?」

「俺が負けるなんてあり得ないもーん」

すると真波は羨ましそうにちょっとだけ眉毛を下げて笑った。

「すごい自信だね」

「まぁ。だってホラ、現に弱小バスケ部を県ベスト4まで連れてきたし」

「うん。すごいよ、良」

相変わらず少し悲しそうな笑顔を浮かべる真波。なぁ、その顔と突然の呼び捨ては何か意味があるのか?

それからまた、どうでもいい話に戻って真波はいつもより饒舌だった。

でもそのほとんどがロードのことで然り気無くロードをごり押しされてるような感じでちょっと笑える。

そうしている内にいつの間にか家に着いて門の前で俺は立ち止まる。

「俺の家ここだわ。ごめんな真波、なんか送らせちゃって」

すると真波は勢いよく首を横に振る。

「ううん!いいんだオレこそ一人でベラベラ喋っちゃったね!とにかくオレすっごく暇だから気にしないで!」

「あ、暇なんだ。じゃあ家寄っていきなよ」

「うん!……………え?」

「え?暇なんでしょ?俺の話し相手になってよ。家誰もいないしすることないし」

驚いてか棒立ちになる真波の横に辛うじて支えられてる真っ白でピカピカなロードを勝手に押して門の先の玄関に入れる。ほう、ルックか。いいモン乗ってるなぁ。それを見て真波はあわててついてきた。ヒヨコみたいで可愛い。

何だか動きがカクカクしてる真波をリビングに通して、今ハマってて冷蔵庫に大量に買い置きしてあるイチゴミルク味のコーラと大好きなチョコを出す。

俺がエナメルバッグからボールを出して磨き始めると真波はやっと普段通りの動きになって、テーブルに置いたピンクの液体が入ったペットボトルをあけて中身を煽った。

「ぐっ…ッッ、ン゛ン゛ン゛」

「え、ちょ、真波?大丈夫?」

コーラを飲んだ瞬間突然呻く真波を驚いて見つめると彼は何ともいえない顔をしてペットボトルを眺める。

「ねぇ良………コレ、なに味なの?」

恐る恐るといったように聞いてくる真波に当たり前と言うように返す。

「え?イチゴミルク味のコーラだけど」

「……………………………………………………………………そっか」

そして真波はペットボトルのキャップを閉めてそれを静かにテーブルに戻した。

え?おいしいでしょ?ソレ今俺のマイブームなんだけど。

おいしい以外の答えが返ってきそうで怖くて言えなかった。

ボールを磨き終わって、ユニフォームも洗濯して暇になったのでゲームでもしようというと真波はおとなしく頷いた。

それから30分後。

「えっ!!すごい!真波すごい!!好感度超上がってる!!」

「そう?よかった〜」

「うお、新しいイベントCG出た!すごい!!」

「それほどでもないよー」

「アーーーーおまけシナリオも出てる!!真波すごい!!本当にすごい!!大好き!!」

思わず俺のベッドに腰かけてゲームをする真波の腰に抱きつく。

そう。今真波と俺は俺の部屋で二次元の女の子と恋愛する、所謂ギャルゲーをやっている。

それにしても真波はすごい。

初めてやるな〜とか言いながらやらせてみると選択肢にミス無しでイベントCGもおまけシナリオもどんどん出してくれる。

イベントCGもおまけシナリオも出すには条件をクリアしなければいけなくて苦労してたのに真波はあっさり出した。

さすが見た目が女タラシなだけある。

すごいすごいと褒めちぎって抱きついた真波の細い腰にグリグリと頭を押し付けると真波は俺から逃れようと体を捻る。

「なんだよ真波…そんなに俺とくっつくの、嫌…?」

ふざけて上目遣いで彼の青空を閉じ込めたような綺麗な目を真っ直ぐ見つめて言うと真波は息を詰まらせた。

「そ、そうじゃないけど…」

うっ、と泣きそうな困ったような顔で言う真波はすごく可愛い。

ちゃんと解ってるよ、お前嫌いなやつの家にわざわざ上がらないだろうし。

でも整った顔をうるうると困ったように歪める真波はそこら辺の女よりもずっと可愛くて。

やっぱり俺疲れてるな。

溜め息を吐いて真波の腰を離してそのままベッドにごろんと転がると真波が焦ったように弁解してくる。

「えっと、オレ良のことちゃんと好きだよ、本当に嫌いじゃないから、あの、………ごめん」

しょんぼりと項垂れる真波の手を掴んで、何の前触れもなく引っ張った。

突然の引力に敵うはずもなく真波は寝っ転がる俺の上に覆い被さった。

「知ってるよ。意地悪してごめん」

ニィッと笑って言うと真波はポカンとしたあと顔を赤くする。

うわーーーーーーーー何だこの可愛い生き物はーーーーーーーー。

内心悶えながらも表情は爽やかな笑顔に徹していると真波がおずおずと口を開く。

「ねぇ良。ヘンなこと聞いてもいい?」

「ヘンなこと?ここ最近のズリネタとか?いいよ」

「それは後で」

「………………………話すんだ。で、なぁに?」

やっぱり真波も今時の男子高校生だった。

真波の正直さに驚いていると彼は申し訳なさそうな顔をしてゆっくりと言った。

「良はバスケ、楽しい?」

俺は真波を見つめる。どうした急に…。

「俺はロードが楽しいよ。寝ないでずっと乗ってたいぐらい」

「うん」

「良は、楽しい?」

「ううん。つまんない」

今度は間髪入れず即答した。

「俺、元々バレーやってたって言ったよね。俺って馬鹿だから、オーバーワークなんてくだらない理由で肩故障してスパイクもサーブも打てなくなっちゃって。リベロに転向すれば問題なくバレー続けられたんだろうけど、俺はウイングスパイカーってポジションが大好きで、エースって肩書きが誇りだったんだ。まぁそれで泣いてたらとある人が俺とバスケしないかって言ってきて、それで今バスケしてる」

どこか遠くを見つめるようにボーッとしながら言うと目の前の綺麗な彼の目がキラキラと光ったように見えた。

それからパァッと花が咲いたように笑って。

「ねぇ良。待ってるから、俺とロードしようよ」

あぁ。

「待っててくれよな」

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