愛情1リットル108円

□6:一人だけじゃ
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ダン ダンッ

キュッ

パスッ

だだっ広い体育館に響くのは俺がボールを床に打ち付ける音とバッシュと床が擦れて起こるスキール音、それとボールがネットをくぐる音。

リングに触れることなく入ったボールが床に落ちる前に横から拐うようにボールを取って再び反対側のゴール目指してドリブルをする。

放課後の部活時間。

体育館にいるのは俺一人。

いつものことだがいまだに慣れない。バスケはチームプレイのスポーツなのに今俺は一人で練習している。

ここハコガクのバスケ部ははっきり言って弱い。弱小。他の運動部は強いのに選手に恵まれなかったんだろう、バスケ部は弱い。

技術も素人に毛が生えたような一般より少しできる程度のキャプテンは今日もきっと友達とゲーセンに行っているのだろう。

真面目に練習に来るのは俺一人。同じ学年にバスケ部員がいるのかも知らないし基本的に先輩たちも試合の時しか顔を出さない。しかも練習に出ないくせに試合だけは出たがる。

基本的に俺は勝てば官軍、って考えだけど俺だけの得点で勝つようなチームはチームと呼べない。

少しムッとして眉間にシワが寄るのがわかった。

とにかく、今週の土曜にはインハイの県予選が行われる。

神奈川県立市民体育館で、年に一度夏にある、インターハイに出る権利を巡っての予選大会。トーナメント戦、一度でも負ければ即終了の公式試合。

それなのにこの練習風景はあまりにもひどすぎる。

なんだか全てが馬鹿らしくなってドリブルをやめてボールを抱えてその場に立ち尽くした。

人数は足りてるから出るものの、勝つ気はあるのだろうか。

そういえば練習に全く来ない先輩の一人がインハイ優勝してぇなーとか言ってた気がするけど。

練習しないと意味ない。

思い出したら腹が立って持っていたボールを壁に投げ付けた。

どんな天才でも練習しないとそれはもう錆びた刃と同じだ。使い物にならない。全ての強さは練習という土台を積み重ねて初めて形になる。天性の才能だとか天才だとかできる人のことを好き勝手言うけど、才能なんてただの素質だ。磨かなければ光らない。だから俺は努力するのに。

ボールは跳ね返って俺を通り過ぎて転がっていく。

すると突然後ろから声をかけられた。

「良くん…?」

聞き慣れた声にのろのろと振り返るとそこには驚いたような顔をした真波が立っていた。

「あぁ、真波。部活は?」

今部活時間だろ?と笑って言えば大丈夫とあっけらかんとした笑顔で返される。

「そんなことより良くんどうしたの?疲れてる?」

真波はそう言うと俺の眉間に指をぐりぐりと押し付ける。

真波といると落ち着くな。マイナスイオンでも放出してるのかな。俺は真波の手を引いて壁際に寄ってそこにちょこんと体育座りをする。

そして隣をぽんぽんと叩いて同じように真波を座らせるとぽそぽそと思ったことを吐き出した。

「うちのバスケ部って弱いでしょ。県ベスト8にも入れないほど弱小でしょ。俺は常勝校から来たから言えるけど、バスケってラッキー勝ちなんて有り得ないんだ。運なんて関係ない。才能、練習量、実力、技術が全部モノを云う競技だ。どちらが多くゴールリングにボールを叩き込むかで決まる」

「うん」

「今週の土曜に、インハイ出場をかけた県予選があるんだけど、まぁ見ての通り練習してるのは俺一人。インハイ優勝してぇなーなんて言ってた先輩なんか一ヶ月に一度も練習来ないくせに試合には出たがる。某週刊少年誌で連載してるバスケ漫画のあの青い人は自分がバスケ強すぎて敵がいなくなったのが寂しくて練習に出なくなったけど。でもうちのバスケ部にはそれほどの人はいなくて、むしろ体育でやってるレベルかな?ってぐらいで」

「……うん」

「自分で言うのもアレだけど、今年の神奈川レベルだったら俺一人で予選優勝できるだろうね」

「それはすごいや」

「まぁ一応バスケ激戦区で勝ち抜いてきたから。でもやっぱりなんの努力もしてない先輩たちをインハイに連れていく気なんてないし義理もないし、何でもスポーツできる俺がバスケをやってるにも理由があって、そのためには今のチームなんか恥ずかしくて他所に見せられないし」

「え?」

「ん?」

おとなしく聞いていた真波は何に引っ掛かったのかこちらを見て首をかしげる。

「何でもスポーツできるのにバスケしてる理由って?」

大きくてまるい、キラキラした目に見つめられて俺は引き込まれそうになる。それは体育館の窓から射し込む光が反射してまるで宝石のように輝いていて。

キレイだな、と思いながら答える。

「バスケで、どうしても勝てない人がいたんだ」

「いた?過去形?」

「そ。その人、もう死んだから」

「え…」

「ほら、真波にもいるんじゃないかな。所謂ライバルって存在の人」

すると真波は何もない空中を眺める。あぁ、いるんだな。羨ましい。

俺は懐かしく思いながら、目を細める。

何だかあの日に戻れそうで。

「俺は元々バレーをしてたんだ。ウイングスパイカーでチームのエース。でも色々あって、その人に誘われてバレーをやめてバスケを始めた。チームメイトでライバルで、1on1だって一回も勝てたことなくて悔しくて、でも嬉しくて楽しくて」

チラリと隣を見ると悲しそうにうつ向く真波。

俺は淡々と続ける。

「ある日試合を、その子にしては珍しく休んだんだ。連絡を受けたときは驚いたけど風邪なら仕方ないかなって思って放っておいた。すぐ治ると思ったから。でも三日経っても一週間経っても良くならなくて精密検査したら案の定漫画やドラマに出てくるような重病。見付かったときには手遅れで、死んじゃった」

彼が死ぬ前に、せめて一度は勝ちたかったんだけどな。そう言って笑うと真波は床についていた俺の手に自分の手のひらを重ねる。

そして悲しそうに、困ったような笑顔を浮かべて。

「やだなぁ。オレだったら坂道くんが死んじゃったら耐えられないよ。東堂さんも言ってた。競えることは幸せだって」

坂道くんって真波のライバルかな?

東堂さんは有名だから名前だけ知ってる。他人事のように考えていると真波はぎゅっと手を握る。

「でも、こんなバスケがしたいわけじゃないでしょ?」

体育館をぐるりと見渡して真波は言う。

「………でもバレーに戻るにはブランクありすぎるし」

「うちにおいでよ」

は?

言葉の意味を頭で処理しきれなくて首を傾けると真波はふわりと目を細めて、普段より幾分か大人びた笑顔を俺に向ける。

「選手じゃなくていい。マネージャーでもいいから。どう?自転車競技部」

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