愛情1リットル108円
□5:ドキドキ☆階段パニック
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俺たちを包む黄色い歓声。
その声はとても嬉しそうで、それでもきゃあきゃあと騒ぐ女子の声はどこか遠くに聞こえて、俺は少し焦りながらも俺の下で同じように息を詰めてる男子生徒に声をかけた。
「あーっと、すみません」
説明はこうだ。
俺は移動教室で物理室に行こうとしていた。隣の棟にある物理室に行くには一つ下の階の渡り廊下を使わないといけなくて、俺はふんふんと今流行りのバンドの曲を鼻歌で歌いながら階段を下りていた。
すると俺の前にいた黒髪さらさらヘアーの男子生徒が前からふざけながら階段を駆け上がっていた男子生徒に肩をぶつかられてグラリと体制を崩した。
あ、落ちる。
そう思ったとき体が勝手に動いて、俺は手を伸ばしてその男子生徒の腕を掴んでから引っ張って自分の腕の中に抱き込む。それからぐるりと反転して俺はその人を抱き締めたまま背中から廊下に落ちた。
この時点で黄色い声は上がっていた。
そして俺は彼の安否を確かめようとまたもやぐるりと反転して今度は廊下に仰向けにした彼に覆い被さるようにして顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?怪我はないですか?」
ここでさらに黄色い声が大きくなってやっと気付いた。これではまるで俺が男子生徒を襲ってるみたいじゃないか。つーか少女漫画かよ。
右手は廊下と彼の頭の間に置いて、左手は彼の手首を掴んで床に縫い付けるようにして。それから彼の手首をゆっくり離して俺は眉を下げてできるだけ申し訳ないような顔をつくって見せた。
「あーっと、すみません」
回想終了。
男子生徒は下睫毛の長くて、綺麗な白目の三白眼をこれでもかと見開いて俺を見る。
薄い唇は何か言いたそうにパクパクと震えるように開閉していて、なんとも形容しがたい顔をしていた。
「あの、どこか痛いですか?」
さっきまで掴んでいた細い彼の手首を思い出しながら、もしかして頭でも打ったのだろうかと思い、窓から射し込む光を反射して、キラキラと輝いて見える綺麗な黒髪をサラリと撫でる。
見た目通り、男なのに髪はさらさらでとても触り心地がいい。
するすると天使の輪が浮かぶ髪を手櫛ですいていると聞き覚えのある声に呼ばれた。
「あれ?何してるの良くん」
顔を上げて声のした方を見ればそこには真波がいた。
「ぶつかられて階段から落ちそうになった人を助けた」
すると真波はふーんと言って俺の下で固まってる人の顔を見てあっ!と嬉しそうな顔をする。
「なぁんだ、荒北さんか〜」
「真波の知り合い?」
「知り合いっていうか部活の先輩」
「そうだったんだ。すみません荒北さん、今退きます」
そう言ってからひょいと彼の上から退く。それから荒北さんの手首を引いて立ち上がらせて、その顔を見つめてにこりと笑う。
「いつも真波がお世話になってます」
すると荒北さんはしどろもどろになりながらふよふよと視線を泳がせる。
「いや…つーかアンガトネェ…お前は大丈夫かァ…?」
恐る恐ると言う風に聞いてくる荒北さんの髪をさらさらと撫でてふっと息を吐くように目を細める。
「大丈夫です。荒北さんも事故とはいえ気を付けてくださいね。せっかくかわいい顔してるのに怪我したら大変」
顔から落ちてましたよ、と言って困った顔を見せると更に落ち着かなくなる視線。
ふと時計を見ると時間がやばかった。
俺は最後にぽんぽん、と荒北さんの頭を撫でて踵を返す。
ていうか女の子の黄色い声援がすんごいことになってるんだけど。怖いから無視。yes。
「じゃあ時間やばいんで行きます。ほら真波行くよ」
「良くんオレもなでなでしてよ!」
「ヤ〜ダ。真波は何か撫でたいとは思わないし」
「ひどい!!何で荒北さんは良くてオレは駄目なの〜」
「荒北さんは髪さらさらだったから。真波はもふもふしてそう」
「うぅっ…」
そしてぐぬぅ…と黙り込む真波がかわいくてハイハイ、と頭を撫でてやる。すると彼は犬のようにパァッと喜んだ顔をして俺を見上げてくる。
それにしても荒北さん。
もう一度会いたいな、なんて。