愛情1リットル108円
□1:愛情の単位はリットル
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『やっぱり愛情はお金じゃ買えないじゃないですか』
朝、テレビのニュースでそう言うカップルの映像を見かけた。
カップルは派手な金髪で厚化粧の女のヒトとこれまた派手な金髪に耳にはたくさんのピアスがついた大してかっこよくもない男のヒト。
愛情はお金じゃ買えないと言って自分達のその考えに酔ったような笑顔を浮かべる二人を見て俺はキョトンと首をかしげた。
「自分の愛情に金で買えないほどの価値があると思ってるのか?」
ぽつりと思ったことを言うとその言葉を拾った、俺の向かいに座る兄は身内贔屓抜きでも整った顔を少し歪めて俺を見る。
「お前朝練は?時間」
「あと5分したら家出るよ」
「ん。それで、愛情がどうした」
再び話を戻されて俺はニコニコと思ったことを口にする。
「俺だったら金払われたら愛情ぐらい売るよ。例えばえーっと、愛情の単位ってなんだ?グラム?センチメートル?あっでも愛情は注ぐとか表現されるし液体っぽいからリットルかな?」
ポンポンとくだらない脳内に浮かんだ考えを言葉にして体外に排出する。兄は朝ご飯の大根と油揚げの味噌汁を飲みながら黙って聞いてて。
「俺にそこまでの価値はないからねー。愛情1リットル、税込みで108円かなぁ」
にへら、と笑って言えば兄は眉間にシワを作る。ふと時計を見るともう家を出る時間で俺は荷物とリュックを引っ掴んで兄にヒラヒラと手を振る。
「じゃあ、行ってくる」
「ん」
兄は短く答えて箸を持ってない方の手を控え目に振り返す。
玄関でつい先月買ったばかりでお気に入りのスニーカーを突っ掛ける。
そのスニーカーは右足は蛍光ピンクで左足は蛍光グリーンという左右色が違くて、しかも色が派手で体育の授業は勿論、登下校中も恐ろしく目立つと友人に言われた逸品だ。
あと自分だったら絶対履きたくないと言われた。解せぬ。
こんなに可愛いのに、と靴紐を確認するついでに表面を撫でる。
それから玄関のドアを開けて家のすぐ隣にある車庫に行き、移動時間が速いからという理由で長年乗り続けている蛍光ピンクに蛍光グリーンのラインが入ったフレームのロードバイクの鍵を外す。
カラカラとそれを押して道路に出るとヒラリと乗る。速さのために余分なものは全て削ぎ落とされた軽いロードバイクは俺を乗せてどんどん加速して、追い風に背中を押されながら鼻歌を歌った。
友人曰く奇抜なカラーのフレームがやっと昇ってきた朝陽の光に反射してキラキラ輝く。
なぁんにもしたくないけどスポーツだけは別。勉強なんかいい成績出しても楽しくないけどスポーツは楽しかった。
俺の目下の目標は、インハイ優勝。高校にいる間の王者三連覇。
もし、インハイの頂点に立てたら、何か見える気がするんだ。
坂を登ったらすぐ学校。
早く体育館に行こう。どうせまた一人だろうけど。
自転車置き場に愛車の比較的目立つ色のフレームのレモンを厳重に繋いで体育館に向かって走る。
天才と呼ばれるプレッシャーもある。勝ちたいとは思う。でも、今は何でだろう。勝つことが義務みたいになってて、俺は深く息をす吸う。
負けるって、どんな気分だろう。
悲しい、悔しいってどんな感じだろう。
この頃の俺はまだ知らない。