潮流盛衰記(うしおりゅうせいすいき)

□決闘:その2 和解
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「…全く、なめた真似してくれるよね。」
「こうでもしないと、一週間じゃ勝てないと思ったから。」

 カルマが怒声を上げた瞬間に、渚は「それっ」とばかりに(いや、むしろ普通に反射で)逃亡を図ろうとした。だが、敵は現・潮流後継者パートナーである。反射神経1つとっても渚よりも優れ、結果として渚はカルマによって湯船に引きずり込まれた。急な展開と湯に呑まれて息が出来ない彼は、早々に暴れる事をやめてカルマにしがみついた。ぐっと引き寄せられ、肺に空気が流れ込む。息を弾ませながら、2人は温かな雫を滴らせて向き合った。カルマの膝の上に渚がまたがる、かなり際どいポーズである(カルマは全裸、といいつつ腰にタオルは巻いているのでまだ大丈夫)。しかし、2人は動こうとはせず、しばらくの無言の後でようやくくすりと笑いあった。

「もういいよ、俺の負けで。別に君と争いたい訳じゃないし。」
「うん、僕も。」
「じゃあ、今度の今度こそ本当に、話してよ?」
「うん。カルマ君、」
「ん?」
「…今から僕が言う事を聞いても、嫌いにならないで欲しい、な。」
「言ってみ」

 うん。ええと、さ。カルマ君と出会ってまだ日は浅いけど、僕は最初から君に憧れてた。君みたいになりたい。カッコよくて、強くて、優しくて。僕にとっての君は、まるでヒーローみたいだった。だから、君が僕を守るとか、傍にいようとしてくれる事に、痺れるくらいの喜びを感じていた。僕の情けない姿を見ても軽蔑しなかった君を、心底好きだと思った。でも、同時に守られるだけの自分が嫌だった。

もっときちんと、強くなりたかった。甘えたくなかった。迷惑もかけたくなかった。巻き込みたくなかった。足手まといは、嫌だった。でも、パートナーを選ばなければならない状況を振り返った時、君と出会う前までの自分では、既にない事に気付いてしまった。近藤さんとずっと一緒に流派を盛りたてて、時にはあの人の求めに応じて体を開いて。そんなものだと諦めていた僕が、自分に言い聞かせようとするたびに君の顔しか浮かばなくなっていて、どうしようもなかった。…ごめんカルマ君、本当にごめん。僕は。

「カルマ君が、好き」
「…ほんと、君って馬鹿だよね」
「え」

 言うなりカルマは、渚の後頭部を片手で固定し、噛みつくようなキスをした。瞼でも頬でも首筋でもなく、今度こそきちんと唇に。

「んっ」
「―ふ、」
「ぁっ、ん、あっ」

突然の事に大きく目を見開き、一瞬抗う様子を見せた渚だったが、息苦しさにうっすらと開いた唇からカルマの舌が滑り込み。舌が縦横無尽に口内を蹂躙する頃には、渚はカルマの背に爪を立てんばかりにしがみついていた。そもそも逃げられる訳がないのだ。だって、大好きな相手なのだから。

「かるま、くんっ」
「君に言われた後で癪なんだけど、」

 俺の方だって、何の理由もなく急に入門したりしないし。まして、あんな誤解を受けそうな行動を取ったりしない。この意味、分かる?

「…分かんない。ちゃんと言ってくれないと、いや」
「君、素で可愛い事言うよね。…まぁ、いいや。俺はね、渚君。」

君が好きだよ。

「弟子入りなんて、自分でもらしくない行動を取ってしまう位。ずっと君と居たい。俺を、パートナーにしてくれない?」

湯のせいか、それとも恋愛的駆け引きのせいか。どちらか判然としないが薄紅に上気した渚の頬を、透明な涙が伝っていく。それを舌でなめとり、有無を言わせずまた口付けたカルマは、渚を横抱きして湯船から出た。

「カルマく…?」
「もう、いいよね。君の顔見れば、俺が振られたのかそうでないのか分かるし。それなら、もう我慢しないでいいかなって。」
「え…あの、ちょっと、」
「さんざん振り回してくれた責任とって貰うからね?奥さん。」
「えぇえええ!?ちょっ、返事くらいさせてよ!」
「あれ、駄目なの?」
パートナー、やっぱり無理?問いかけられた渚は瞬時に耳まで真っ赤になり、小さく首を振った。

「無理じゃない…」
「…ふふ、ありがと、」

 カルマはくすぐったそうに笑うと、渚の額に軽く口付けてまた歩き出した。しばらくぼうっと運ばれるままの渚だったが、はたと気付いてカルマを見上げた。

「ど、どこ行くの…?」
「んー?寝室?」
「…この格好で?」
「うん。どうせ汗かくしいいかなって。」
「何する気!?」
「何って…」

猛禽類の瞳がじっと見つめて来る。

「渚君ときちんと夫婦にならないと、と思って」
「え…と、それはつまり、」
「わかるでしょ?」

言い合っている間に、2人は寝室として使う事になる和室の前に到着した。カルマが行儀悪く片足で襖を開け、室内に入る。布団は2組、少しだけ離されて敷いてあった。わたわたする渚をその内の1つの上にそっと下ろし、「よいしょ」と言いながらカルマが覆いかぶさる。少しだけ冷えた雫が渚に降りかかった。

「さて、渚君」
「なななな、何!?」
「流石にこの状況で分かって貰えないと悲しいんだけど。」
「は、え!?」
「まぁてっとり早く言うと、今から君を抱きます。」
「ダイレクトだね!?」

一瞬でパニックに陥った渚は、布団の上で更にあわあわとあわて始めた。

「渚君、」
「だって、そんな、だって急に、心の準備も出来てないっていうか、」
「…渚君ってば」
「まさか一日目でこんな展開になるとか考えてなかったし、っていうか分かってると思うけど、僕の性別男だし!」
「……渚」

 低く、たった一言。それだけで渚の心臓は大きく跳ねた。ただ名前を呼ばれただけ。それなのにどうしてこうも、胸がうずくのだろうか。自身の名が凶器になる日が来るなんて、誰も教えてくれなかった。
 カルマは目を見開いて固まる渚に苦笑すると、ゆっくりとその首元に顔をうずめた。

「近藤さん相手に、覚悟してたんじゃないの?」
「したつもりだったけど!でも、君とあの人じゃ全然違う…。」
「俺も少しびっくりしてる。自分の心臓、こんなうるさかったかなって。想像よりずっと、現実の方がハード」

渚の手を取って軽く口付け、左胸に押し当てる。バランス良くついた筋肉の下で、彼の命の主張が聞えた。

「俺も、感じてくれてる通り、まぁ緊張してるし。」
「…カルマ君でも、緊張するんだね。」
「そんな驚く事?まぁでも、」
「ん…っ」

不意打ちの口付けがあまりにも自然で、かつ、あまりにも上手くて。渚の体からすっと力が抜けていく。

「きっと俺上手だし。渚君、かなり気持いいだろうから、安心していいよ。」
「ちゅ、中学生の台詞じゃない…っ」
「はは、だって俺だし」

…やだ?なんて。そんな小首を傾げて聞かないで欲しい。断れる訳がない。一呼吸程見つめ合い、渚は小さく「ずるい…」とこぼした。だが、くすくすと笑うだけの相手にこれ以上の言い合いは、きっと無意味だ。カルマの金の瞳が艶を帯び、再度ゆっくりと口付けられる。その目の熱に溶かされそうになりながら、渚は観念してすっと瞼を閉じた。

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