ウタさんとペット、あるいは最愛の人

□夢のあと
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 薄日の差す畳敷きの部屋の奥で、障子越しに2つの影が淫らに重なり合う。昨日からウタはどこかおかしかった。いつも飄々として捉えどころのない彼が、酷く切羽つまった様子で―いや、何かに怯えている、といった方が近いかもしれない。そんな様子で弦に触れてくる。切なそうな、飢えたような、もう2度と離すまいとでもいうような。常よりもかなりしつこく感じる愛撫に息も絶え絶えになりながら、弦はそんな彼に向かって手を伸ばした。

「ウタ、さん…っ、ぁ、どうしたんです…?」
「…どこか、おかしいかな?」
「あっ、まっ…!突き上げ、ながら、言わないで…っ」
「それは無理」
「あっ、あっ、あぁっ」
「…っ、よく、分からないんだけど、」

君がこの手をすり抜けて消えてしまいそうな感覚が、夢を見てから消えないんだ。これから先、ずっと一緒に居る事だって100%の保証はない。君との間に新たな命が出来たとしても、もし、夢みたいに君の命と引き換え…なんて事になるなら耐えられない。それ位なら、要らない。だからといって君を僕から離す事も嫌だ。なら、もういっそ離れられない体にしてしまえば―…

「…って、思って。」

無表情に言い放つが、内容はシビアな上かなり異常だ。一足飛びにそんな思考に陥る様な、一体どんな夢をみたというのだろう。

「あ…、ウタさん…」
「…何?」

波の様に押し寄せる快楽に抗い、弦はウタの背に爪をたてた。

「夢は、夢です。…もし、その夢が、今の私達を形造る何かの過去だったとしても、私達とは違うものです。だって、その時と今は違う。その時の人たちはその時に生きて。ウタさんと私は、今生きて、絶賛紡いでいるじゃありませんか」

私達の物語を。だから。

「……ふ」
「ふ?」
「ふふ、あはははは。」

弦の台詞を、動きを止めたまま聞き入っていたウタは、急に堪え切れなくなったように笑い始めた。

「ウタさん?」
「っはー、おかしいな。弦、すっごいカッコイイ台詞言ってるのに…っ!下半身僕と繋がった状態だし、…っていうか、こんな状況でよくそんなに真面目な台詞言え…っ!あはははははは!!!」
「ひぅっ!!わ、笑わないでウタさん!振動が…っあ、ん!!」
「ああ、ごめん。うん、そうだね弦。やたら感情移入する夢だったから引きずっちゃったんだきっと。君の言うとおり、今は今だもんね。今この瞬間を堪能しないとね。」
「―て!ちょ、ウタさん今度は何を、」
「うん?仕切り直して体位を変えてみようかなって。今の君を堪能するために」
「え、ま、何か違う…、やぁっ!あ、深…っ」
「君も存分に今の僕を味わってね。」

ねぇ、夢の中の僕。もし君が僕の前の姿か、御先祖さまだとして、多分大丈夫。安心していいよ。この子は君のパートナーとは違って、変な奴に狙われることはないから。もしそうなっても、僕が絶対守るから。君の味わったような、絶望とか葛藤とか、無縁のものにしてみせるから。だって、『僕ら』は基本的に快楽主義なんだから。違う?前向きに、やや強引に。そのスタイルで守り抜いてみせるよ。今までも、これからも。


―そうだね。君が僕と同じ轍を踏まないよう祈っているよ。僕の代わりに、君は最愛の人を、守ってあげてね。


一瞬、酷くおかしそうな、夢の中の自分の声が聞こえた気がした。




 夜の帳が下りた。温泉で「運動」後の汗を流し、縁側で寛いでいたウタは、唐紙を開ける音に振り向いた。浴衣姿で濡れ髪を拭く弦が立っている。

「あ、お帰り弦。」
「ただいま戻りました。」
「一緒にお風呂入れば良かったのに」
「男湯に行けるわけないでしょう!」
「どうして。どうせ僕の全身タトゥー見たら誰も一緒に入ってこないから、貸し切りだと思うよ。実際そうだったし」
「だからと言って行ける訳ないじゃないですか…」
「だって混浴ないんだもんここ」
「だもんと言われても…」

傍らに腰を下ろした彼女をすぐさま抱きしめ、洗い髪の香りを楽しむ。湯上りの、少し高めの体温も心地よい。

「女湯は人がいた?」
「あ、はい…まぁ」
「あ、分かった。僕が付けた『全身タトゥー』でからかわれたんでしょ」
「分かってるならあんなに付けないで下さい!」
「ふふ、ごめん。でも付けるの好きなんだ。独占欲強いから。見せつけたいし。」
「誰にです?!ああもう…家庭内暴力受けてる人みたいでした…」
「ドメスティックバイオレンス?あれ、ドスメティックだっけ?」
「…冗談でもしないでくださいね?」
「僕の場合あふれる愛情故のものなんだけど、」
「もう少し体力面でも労わって頂けると助かります。」
「努力します。」

おどけたように言いながら、何気ないしぐさで彼女の手を取り、「それ」を滑り込ませる。一拍遅れてその正体に気付いた彼女が、驚いたようにウタを仰いだ。

「あの、これは、」
「持っていてもいいな、と思ってくれるなら、持っていて。出来ればずっとその指に」
「急に、どうして…」
「人間ってさ、もろいよね」

僕ら喰種より何倍も儚く、何の前触れもなく居なくなってしまう。明日があると安心していられない夢を見てしまったから、どうしても今回のこの旅行で、進めたかったんだ。

「改めて、なんだけど」

左手を取り、真剣な表情でそれを告げる。そうして少しだけ不安な心持でその指に口づけると、弦は泣き笑いのような表情で、彼の首に腕を回した。


―最愛の人と、これからもずっと隣に居られるように。そんな思いで、僕は夢をあとにした。

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