ウタさんとペット、あるいは最愛の人

□夢のおつげ
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 不思議な、けれど切ない夢を見ていた。ある時は甘く、ある時は清々しく。酷くどきどきした瞬間もあれば、快楽に身を焼き焦がす夜もあって。そして、身を切られるよりも残酷な別れがあった。それでも、最後に一縷の希望が見えた所で、ふと、意識が現実に引き戻された。目が覚めたと分かった後も、それが夢だったとは思えない。あまりにも生々しく、印象に残る夢。古蝶の夢もかくや。ウタは寝台の上で荒い息を整えながら、いましがた迄見ていたそれの余韻にひたっていた。

「ウタさん?大丈夫ですか?」

 傍らに膝をついたのは、ペット、もとい、今や最愛の女性であるところの弦(ゆずる)である。いつもよりうなされていたのかどうか、ともかく心配してくれたらしい。ありがとう、と口を開こうとして、思わず固まった。彼女に夢の中の女性が重なって見えた。ほんの一瞬。だが、無意識に口をついて出た。

「小弓…?(さゆ?)」
「……はい?」

その後、見知らぬその女性の名前に、浮気の誤解を受けたウタが完全に覚醒するまで、5秒とかからなかった。

          *
「夢、ですか。」
「そう。夢。なんか、僕が人喰い鬼でね、ついでに散らない桜の木の守り神?というか、ある神社の神様なんだけど。弦がそこの代々のお巫女さんで。で、僕のお嫁さんなの。」
「妙に細かい設定ですね。そして微妙に的を射ているというか。巫女が鬼の花嫁という辺りは、よく分かりませんが。」
「うん、でも僕も細かい辺りはうろ覚えというか…。まあ、出会いから最後まで、一大ストーリーで見ちゃったらしいんだけど。」

 何の事はない。見ていた(途中で浮気を疑わせてしまった)夢の内容である。ふむふむと聞いていた弦は、“人喰い鬼の神社”の辺りで「ん?そう言えば」と、何か思い出した様子で声を上げた。

「うちの母方の親戚は、かなり遡ると神ナギだったらしいですよ。なんだか京都の裾野の方にある変な神社で、代々女系だったみたいです。覚えている事で印象的なのが、祀っている神が人喰い鬼だったという話。なんだか怖い位に似通った話ですね。」

でも、ウタさんみたいな鬼だったら、多分。御先祖様が好きになったのも分かります。だって、血は争えませんから。

はにかむように笑う彼女を抱きしめながら、ウタは夢の中で聞いた声を反芻していた。

―私はきっと、何度でも。あなたに会いにいきますから。この血の結ぶ縁をたどって。

「ねぇ、弦。」
「はい?」
「2、3日、旅行にいこっか。」
「…はい?」

         *

 その神社って、まだあるのかな?いいえ、平安時代あたりに火災で全焼して、もう残ってないそうです。母方の親戚の家は別口の神社として残ってますけど、その神社の名残といえば、そうですね。確か、桜の木が。古株の倒木から新しく生えてきた株のやつが、残っていると聞きましたけど。ふうん、よし。じゃあ、そこに行ってみようかな。

そんな訳で都の中心部から少し離れた場所に宿を取り、2人は弦の親戚の案内で、今は無き神社跡を訪れていた。親戚のガイドが無ければ、何の観光要素もないただの荒れ野である。見つけ出す事は不可能だっただろうと思われた。弦は元々、様々な神社仏閣を見て回るのが好きなタイプなので別段退屈はしない。だが、ウタがわざわざ見に来たがる程のものとも思えなかった。元は大木だったと言うが、今や貧弱な、この目の前の桜一つとっても、あまり楽しめるものではないと思うのに。

(どうしたんだろう)

酷く切なげな瞳で、食い入るように梢を見つめるその横顔が、不思議とその場所に溶けあっていて。一瞬、あだめいた長い黒髪の、和服の男性と重なって見え、弦はこしこしと目をこすった。

(気のせい…?)

「どうしたの弦。花粉?」
「いえいえ、一瞬目の錯覚をおこしまして。」
「疲れたんじゃない?宿に戻ろうか?」
「いえ、大丈夫です。どうぞウタさん、構わず好きなだけ、桜を堪能して下さい。」

不意に、否定する意味で軽く振られた弦の片方の手を捕まえたウタは、その指先に口付けし、舌をはわせた。

「―っ、な!ウタさん!?」
「ごめん弦。急な話で悪いんだけど、僕が大丈夫じゃない」
「え」
「この桜見てたら、何だかさ」

―酷く君の事を抱きたくなっちゃたんだ。

間近で見つめてくる燈明の瞳には、何度めぐりあっても慣れそうにない。こちらの返事を待つようにしておきながら、その間もじらす様に、はたまたじれている様に、指先の愛撫を止めない彼を、止める術は私にはない。

「弦…」
「わかり、ました…っ、戻りましょう…」
「ん…」

覗きこんでくる瞳。重なる吐息。絡み合う舌と快楽の螺旋。宿に戻る前に人気の無いバスの中で散々煽られた弦は、与えられた一室に入るや否や、挑みかかってくる自分の鬼に酷く翻弄される事となった。

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