Nightjar's Dream

□邂逅
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―何をしていても、キスの事しか考えられなくなった。
と、言えば正気を疑われかねないが、実際今の光はそんな状態だった。眼前一杯に迫る、切羽つまったような、だがどこか恍惚としたような義兄の表情が脳裏から離れないのだ。一日前まではそんな風に考える事すらなかったのに、困った事になったと思う。勿論、ライが去った後の挙動不審な様子を問い詰められ、起こった事は影虎にも筒抜けである。

「しかし、義兄さま(あにさま)とはのう。」
「うん。4つ上だから、今20歳だね。」
「似とらんと思うたら、義理のなぁ。おっどろいたぜよ。どんな経緯か聞かん方がええかいの?」
「いや。別にいいよ。」

 僕の養い親−ライの両親は、16年前の冬、村はずれの森にある小屋に薪の予備を取りに行ったんだ。いつもは計算してきちんと暖炉脇に積んでおくのに、珍しく足りなくなっている事にも気付かなかったらしい。森の中には必ず通りがけにお参りしなければならない樹が何本かあって、その中の一つに「妖精の樹」って呼ばれるのがあるんだけど、その付近で泣き声がしたんだ。凄くかすかな声で、義父は一瞬空耳と思ったみたいだけど。いぶかしんで近づくと、樹のうろの中からやっぱり泣き声がしていた。それも人間の赤ん坊の。こんな冬の時期にこんな場所で?と思った義父だけど、それでも中をのぞいてみた。そこに、うっすら積もった枯れ葉の上、臙脂の毛布に包まれた僕を見つけたんだ。僕は少し衰弱しかけていたけど、まずまず元気だったから、家に連れ帰って世話してくれた。その内義母が手放したくなくなって、僕を養子に迎えたんだって。一応親も捜したみたいだけど、身ぐるみの毛布には黄金の飾りピンしかついてなくて、手掛かりは何もなかった。ただ、ピンの後ろに東洋文字で「光」と彫ってあった事が、名づけの由来。両親は音読みの方が楽だったから、ヒカリとかヒカルじゃなく、コウにしたらしいよ。

「ふうん。複雑な生い立ちじゃなぁ」
「そうでもないさ。両親はさばさばした性格で、分け隔てなく育ててくれた。ライも、時折意地悪だったけど、まぁいい義兄だったし。」

でもまさか、自分に対してあんな感情を持っていたとは…。

「知らなかった!」
「うん、ごめん虎。勝手にモノローグ付けないでくれる?」
「まぁ冗談はさておき。どうするがよ光。義兄さまの言うように、入軍を諦めるつもりはないんじゃろ?」
「ん。今の所やっぱりね。どの道、ライの勧めに従って軍に入らず王都に残ったとしても、やっぱり探すと思うんだ。」
「…おまん、そこまでするゆうのは…」
(明らかに憧れとか、ただ気になるというレベルを通りこしゆうぞ。その義兄が不憫に思える位には。)

 本人が自覚するまで、部外者は余計な口出しはすまい。一人密かに頷く影虎だったが、光はそんな彼の心境などまるでお構いなしの質問をしてきた。

「虎は、前に言ってた幼馴染の事を、…その、好きなの?」
「好きいうのは、恋愛という意味でか?」
「うん。」
「…さあて。光はどう思いゆうた?」
「よく分かんないけど。でも、ジャポン本国でいう“出奔”って、大罪なんでしょう?」
「死罪になりゆうな」

見つかれば拷問の末、斬首の刑である。

「見つかれば死ぬって分かってて、しかも自分で船用意してまで敵国に来るなんて、ちょっと考えられないよね。文字通り命がけだよ。好きって、広い意味では間違いなくそれ以外ないだろうけど。でも、さすがに普通の友人の域を超えてるかなぁ…って。」
「…言わんつもりでいたんだがの。光、わしからすれば、おまんの場合もそうぜよ。」
「え」
「わざわざ戦に赴く覚悟をしてまで、なんで幼い頃会っただけのパイロットの影を追いかけるのか。自分でもどこか普通の執着じゃあないと、分かっておるろう?」
「それは、」
「おまんがわしと美空の関係を“恋”と言いたいならそれでもええ。じゃが、その場合おまんのそれも、恐らく“そう”じゃぞ。」
「…。分かんないよ。だって、男同士で、」
「おまんはわしと美空が恋人だとして、引きゆうか?」
「…引かない、と思う。」
「自分で男を好きになると思いゆうか?」
「…キスはされても嫌じゃなかったけど。そう言われると…わかんない。」
「今はまだそれでもええき。まぁ、ちくとゆっくり考えとおせ。」
「…うん。あ、ごめん虎、もう一ついい?」
「何じゃ、」
「虎は、美空さんに、……、…〜〜〜、」
「?なんじゃ。」
「す」
「す?」
「キ、スしたいと、思った事ある?」

影虎は一瞬きょとんとした後で、にやりと意地悪く笑を浮かべた。

「思った事、どころか、実際しゆうぞ。そういう欲をひっくるめての質問じゃあなかったが?」
「え?!えーと、ああ、いや。うん。したの?」
「別れ際にの。」
「…虎、それ僕の相手の事言えないじゃない。「けしからん」よ。」
「まぁ、さておき。美空は普通に受け入れてくれゆうが、おまんはどうじゃ。義兄さまにされて、どんな気分じゃった?」

嫌悪と呼ばれる感情はなかった。それどころか、寧ろ。

「…ああ、わかったき。答えんでええがよ。」
「…僕まだ何も言ってないけど。」
「そんな顔するのは反則ぜよ。こっちまでおかしな気分になるきいの。」

 この辺で切り上げじゃ。言うなり影虎は一服しに出て行ってしまった。残された光は首を傾げつつ、改めてじっくり考えてみる事にする。あのパイロットの事を、自分は恋愛という感情で好きなのだろうか。

(確かに口付けられて嫌ではなかった。けど、あんまりびっくりしてそれどころじゃなかったというか…。って、それならライの場合もそうなんだけど。でも、ライの場合は明らかに「恋愛」のそれで、雰囲気も何かそういう感じだったし…。でもライが好きかって言われたらもっと分かんない…というか、根本的に相手が男ってどうなの?しかもライは義理でも兄な訳で……って駄目だ!もう駄目かも僕。僕の性癖ってそんなん!?えぇ!?僕、ゲイだった?!というか僕って倫理観ないの?人間失格?!)

一人で考え過ぎると段々とおかしな方向にシフトしていく気がする。結局早々に思考をたたむ事になったが、夜はすぐ目前である。入軍をやめないという方向性は定まっているものの、自分の義兄に対して今後どういった対応をするべきなのか、自分は相手の事を実際どう思っているのかは判然としないままだ。眼裏にかすめる件のパイロットの面影も少しずつおぼろになっていく中、ライのアピールはあまりにも鮮烈に焼き付いた。義兄弟という関係だからこそ、背徳感に余計考えてしまうのかもしれないが。

 ほったらかした思考をそのままに、光はうとうとと午睡を始めた。眼が覚めたら全て夢だったらいいと、都合の良い事を考えながら。
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