金色の鳥と白いムカデ

□接触
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その事をエトに確かめた時の反応は、今でも忘れられない。
「え、気付いてなかったの?」
「…」
「やだなぁ、“彼女”って言ったじゃない。」
―『君と彼女の関係性はこちらにしてみれば悪くないよ』
(…ああ、確かに言っていた。くそ、その時点で気付くべきだった…)
黙り込むカネキに、エトは更に続ける。

「というかカネキ君、今まで気付かなかったなら何で今頃気付いたの?」
「それは…」
面白半分に服を剥いたから、とは言えない。挙句胸まで掴んだなど。

「……」
「まぁいいけど。」

気付いたなら少し丁重に扱ってあげてね。
(丁重に…)
だが、他の連中が彼女を丁重に扱っているかと言えば、別段そういう訳でもなく。

「他の人はみんな彼女の性別を知っているんですか?」
「いいえ?だって、わざと男の子みたいに見せてるんだもの。彼女本人が危険だと判断して。ここ男ばっかりだし。彼女弱いし。」
「じゃあ、」
「幹部陣を抜かして、君は特別。だって、彼女が女性だってはっきり分かってしまったんだから。」

知らなかったとはいえ、女性に失礼を働いておきながら態度を改めない程野蛮じゃないよね君は。「紳士的」という事はないだろうが、野蛮ではない自覚はあるので、微妙に釘を刺されているように感じる。
(…ん?「失礼を働く」って、一体どういう意味で、)
彼女を男性と間違えていた事を指すのか、よもや昨夜のやりとりがばれている事はあるまいが…。彼女の意図が分からない。相手がエトというだけで、いくらでも穿って見てしまう。

「あ、そうそう。」
忘れてた。外出しようとドアノブに手を掛けたまま、彼女は首だけで振り返った。
「昨夜からコノハの部屋の空調が壊れてるみたいなの。今晩だけ泊めてあげてくれない?明日中には直させるから。」
「…は?」

たった今彼女を「異性」と認識し、丁寧に扱ってやれと言ったばかりで、何故そう突拍子もない話へ飛ぶのか。そもそも異性として認識するべき相手と、無条件に一夜を共にさせるという感覚は理解しがたい。こいつは一体何を目的としている?怪しさだけ考えるなら、彼女がコノハをこれだけ気にかける事からして、そもそもおかしい。個人的に何がしかの繋がりがあるのか、または全く別の理由か。無論考えて答えが出ようはずもなく、眼の前でパタンと音を立てて閉じられたドアをにらみつけるしかなかった。しかし、アオギリにおけるエトの指示はある種絶対的な力を持っている。現状、逆らう事は得策ではない。
(本当に面倒な事ばかり起こるな、ここに来てから。)
軽くため息をつき、そう言えば今日はまだあのうるさいのを目撃していないな、と首を傾げた。

「あぁああぁあぁ、…やっちまったよぅ…」

声が枯れてしまっている。自身の体温であたたまった布団の中以外は、すぅっとした冷気が満ちている部屋で、コノハは粗末な寝台の上に丸まっていた。昨夜、カネキに見られた反動で無駄に長風呂をした結果、少し前から崩れかけていた体の調子と相まって、見事に風邪ウイルスを貰ったらしい。朝方妙な寒さに気が付けば、いつの間にか暖房が止まっており、その後何度か手あたり次第にリモコンのボタンを連打したが動かない(=壊した)。しかしまぁ、喰種の風邪など聞いた事がない。相変わらず情けないわが身である。

「あぁ、カネキさんに会いたいですなぁ。今日はまだ一度もお見かけしていない…」

微熱があるのか、景色が揺らぐ。すっと瞼を閉じると、片方だけの赫眼を鋭く光らせ、強靭な赫子で周囲を蹴散らす彼の姿を思い描いた。ああもう、ほんと痺れてしまうくらい、

「かっこいいですカネキさん…」
「それはどうも。」

幻聴だろうか。彼の声が、ごくごく近くから聞えた気がした。試しにもう一度。

「…。カネキさんに会いたいよう。」
「今眼を開ければ会えると思うけど。」

やはり聞える。自分はかの人恋しさのあまり、とうとうおかしくなってしまったようだ。…いや、待て待ておかしいだろう。いくら風邪でもそりゃあんまりだ。冷静につっこみを入れつつ眼を開けると、視界いっぱいに彼の冷ややかな顔が広がった。

「ん?え!えぇえぇぇぇぇえっ!?なん…っ!」
「見ないと思ったら、こんな所で何してるの?」
「それはこちらのセリフですカネキさん!何故またこんな所に、」
「姿が見えないから、何かあったのかと思って来てみた。まさか寝込んでるとはね。」

額にひんやりとした感触。手のひらで熱を計られたと分かるや、一気に頭に血が上った。
「……今一気に熱くなったんだけど。大丈夫なの?」
「ひゃい?!だだだだだだだだだだだだ、だいじょうぶです!」
「“だ”が多すぎ。まぁ、いつも通りみたいだけど。」

熱、少しあるね。そう言って彼が手を離した事が少しだけ名残おしくて、思わず彼の服の袖をつかまえてじっと見てしまった。すると、邪険に振り払うかと思われた袖もそのままに、こちらを見据えたままカネキが動きを止める。少しだけ見つめあった。

「そんな顔もするんだね。いつも馬鹿みたいに笑ってるのに。」
(そんな顔…、って)
どんな顔だったか知らないが、とりあえず平素「馬鹿みたい」な面をしている(と、カネキは認識している)事は分かった。

「…じゃあ俺は任務に出向くけど、その前に」
「ふお!?」
急に掛布ごと横抱きされ、思わず彼の胸元のシャツをきゅっと握りしめる。安心させるように背中を2回たたかれた。

「俺の部屋に連れてくから。」
「!?なぜ、どうして、WHY!?」
「元気な病人だな。今晩だけだよ。空調が効かないらしいから、泊めてやれってさ。」
「誰が!?」
「エト」
「何故知っている!?」

言っている間に部屋に到着する。カネキの部屋はオールモノトーンで、シンプルなベッドと本棚位しかない、大変生活感の薄い空間だった。観察する間もなくベッドにぼふんと落とされ、上掛けをかけられる。

「カネキさん!」
「大人しく寝てなさい。」
「いや、そういう訳には、」
「何。添い寝でもしないと眠れないわけ?」
「や。心底遠慮します。逆に眠れません。」

きっぱりと言い切ると、何やらにやりと黒い笑みを浮かべたカネキが顔を寄せてきた。
「コノハは、いつもハタ迷惑な位近寄って来るのに、こういう時はやたらと離れたがるよね。どうして。」
「は?や、だってそれは、」
びいどろのように凪いだ瞳に見つめられ、どうして良いか分らずに視線をさまよわせてオロオロする。吐息のかかる距離でわざと低い声音で名を呼ばれれば、びくりと肩がはねてしまう。

「口を開けばかっこいいだの何だの、うるさい位にまくしたてる癖に、こうして近づくと固まる。」
「―っ!」

頤を掴んで仰向かせ、逃れる事の出来ない距離でささやく。
「君は俺をどうしたいの?―俺と、どうしたいの?」

気付けばキスできそうな位置に互いの唇があって、目を見開いて見つめあった状態そのままに、徐々に距離をつめても何の反応もないから。だからそんな事になってしまったのだと思う。

「―、」
「んっ」

視認出来ない距離で唇が一瞬重なり、瞳の色を確かめられてからもう一度触れあって離れて行った。風の様な接触に唖然とする内、気がつけば目の前にカネキはおらず、ほのかなぬくもりだけが残った。

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