殷の花

□意識
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気づいた時には見知らぬ部屋にいたが、自分の傍らに申公豹が居た事で場所が分かった。ここは後宮ではない。王宮のどこかの一室、客用にしたてられた広い部屋で、要するに申公豹の居室だ。

「少しは落ち着きましたか?」
「あ、はい。大分、」
「まだ起き上がってはいけません。特に今晩は様子をみて安静に。それに今日からここがあなたの部屋ですから、欲しい物があれば気軽に言って下さい。」
「そんな…私はここで働く身ですから、滅相もない事です。というか一旦もどりま…」
「遠慮したら吹き飛ばします。」
「心臓に悪い事言わないで下さいよ!」
「では何でも思った事を言いなさい。」
「ですから、一度戻り…」
「―」
「武器を構えないでください!」
「あなたはこの部屋から出しません。今日の所は監禁します。」
「こわい!〜〜〜、今欲しい物はないので、とりあえず質問良いですか?」
「答えられる事ならば。」
「申公豹道士の仰っていた『ぱおぺえ』ってなんですか?それと、仙人界の話や道士自身の話を聞きたいです。」
「…何故また今。」
「私ばっかり観察されるのでは癪ですから。怖い目にもあった訳ですし。仙人界の植物についても聞いてみたい
し。要するに、ただの好奇心です。寝てるだけじゃあ暇ですし。」
「…いいでしょう。ただし、1つずつお互いにいきましょう。まずは私からお答えしますかね。」

 こうして、半ば無理やり看護される身の廉紀は、思いがけず仙人界の話を仕入れる事となった。

「“ぱおぺえ”は、宝の貝と書き、我々仙人、道士の武器のようなものです。勿論武器として以上に、傷を癒したり物を作りだしたり、それぞれの持つ能力に応じて様々な使い方があります。
私の持つ物は“雷光鞭”といって、稲妻を自在に操ります。これはスーパー宝貝、数ある宝貝の中でも特に強強大な威力を持つと認定される中でも、最強と言われています。
妲己の身にまとう領巾(ひれ)があるでしょう?あれは傾城元禳(けいせいげんじょう)と言って、近づく者を誘惑
し、操る力を持っています。私のように力ある者や、武成王のような精神力のある者には効きません。あなたも…あまり効かないようですね。」
「?」
「妲己を前にしてぼんやりしたり、思考がかすんだりしないなら、そういう事ですよ。
さて、ではそれに関して私から質問です。仙界の花、廉紀が育てているあれは心花といい、前にもちらりと説
明した通り、精神面が如実に表れる花です。欲徳を捨てる仙人でも難しいのに、人間であるあなたが咲かせて
みせた。私にはそれがひどく興味深いのです。―あなたは、一体どういう出自の人ですか?」


 不可解な質問だったが、廉紀は首を傾げつつ律儀に答えた。

「出自、というのは分からないのですが。というのも、私は拾われっこなので。先代の庭師棟梁が、都の外れにある池の囲いを修理に出向いた時の話です。かすかな赤ん坊の泣き声がするので、声のする方へと足を向けたら、蓮の花が一杯に咲く一角で、無数の蔓に絡め取られた私が居たのだそうです。花まで咲いて、一瞬花の化身が出たのかと驚いたそうで。ですが、ひどく痩せた赤子が人間のそれだと分かるや、連れ帰って下さったのです。おかげで私は早くから庭師の仕事を仕込まれ、女だてらにこの職を得たのです。」

「都の外れ…。よく無事でしたね。あそこは霊獣王がうろつく一角ですよ。…1つ尋ねますが、あなたは幼い頃
から植物に好かれる性質だったのでは?」

「よくお分かりですね。そうです、大体の植物はどうやって育てたら良いかよく分かりました。天職だったのか
もですね。というか道士、次は私の番ですよ。今さりげなく1つ質問増やしたでしょう?宝貝って、仙人や道
士の人なら誰でも使える物なのですか?使うと疲れたりしませんか?」

「使う人物がよわっちいなら、酷く消耗するものよん。まあ、申公豹は世界最強の道士だから、問題はミジンコ
程もないけどねん。」
「!皇后様!?」
「妲己、何の用です?」

 突如として窓辺に現れた皇后の姿に、顔を青くして平身低頭しようとする廉紀を留め、申公豹は瞳に冷ややかな光を宿した。滅多にない反応ねん、と嬉しくなる。

「そんな怖い顔しないでん?お飲み物をお持ちしたわん、お客様ん。」
「そ…っ!まっ、だっ!?」(そんなまさか、妲己様自身が持ってくるなんて!?と言いたかった様子)
「ありがとうございます妲己。しかし、盗み聞きとは無粋ですよ?」
「いいでしょん、減るもんじゃなしん。」
「減りますよ。主に彼女の寿命が。今日だって私に殺されかけたんですから。」
「へぇ?聞き捨てならないわん?何があったのん?」
「話す程の事もないですがね。」

 かいつまんで語った一部始終に、妲己はバカ受けした。

「何それん!ライバル認定のくだりもなかなかだけど、人間の癖によく死ななかったわねん!」
「当然です。責任持ってマッサージも人工呼吸もしましたからね。」
「まっさー、じ?」
「?ええ、心臓マッサージですよ。」

 応急手当の基本でしょう?首を傾げる相手の言葉は、既に廉紀には届いていなかった。苦しさを和らげてくれたのがこの道士だというのは分かっていた。が、そういえばその方法まで考えてはいなかった。自分はただ、意識を闇にさまよわせていただけ。その中で、どこかムズ痒いような快楽を感じた事も事実で―。心臓マッサージ、人工呼吸。それはいわゆる…。

「?廉紀?」
「っあ、」

 不思議そうに覗き込む相手の顔が見られない。いきなり、だって、人命救助とそりゃ分かっているけど、でも、だって…。

(あらあらあらん?)

 急速に、首まで赤くなった彼女は、一気にかけ布をかぶって隠れてしまった。頭に疑問符を浮かべつつ布の小山をゆする申公豹には、恐らく彼女の心情を理解する事は難しいだろう。…今はまだ、というだけ。

(しかし、本当に運の良い子…)

 花が咲かなければ気まぐれに自分に殺される予定だった。しかも最強の道士に興味を持たれ(これに関しては運が良いのかどうかは一概には言えない)、危険に晒されると同時に助けられてもいる。この気分屋道化にすれば、破格の待遇といえるだろう。彼の興味が尽きるまでの事だとは思うが、それでもなお物珍しい。しばらくはこのコンビで楽しめそうだ。

「廉紀?こら、廉紀。どうしました、やはりどこか具合でも?」
「だだだだだ大丈夫ですから!おやすみなさい申公豹道士!」
「そんなに“だ”を連呼する人が大丈夫な筈がありません。責任持って看護くらいしますから、ほら、廉紀、」
「〜〜〜すみません今はほっておいて下さいぃぃ!」
「(絶句)…反抗期の娘を持った父親の心境ですよ…。俄然やる気が出て来ました!布団から顔を出しなさい廉紀!そんなに赤くて、絶対大丈夫じゃないですね?!」

 彼らの妲己を無視したやりとりは、その後もしばらく続いた。
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