Nightjar's Dream

□邂逅
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フラタリア連合の中心国家・ミラノ皇国。一説によれば、国土が10分の1ほどのサライ皇国と、古くは基を一つにする氏族だったという。その証拠に、両国の皇族達は他に類を見ない純銀の髪に、ブルーアメジストの瞳をもつ一族である。それは今や失われた精霊族の直系の証だというが、実際の所は杳として知れない。単に、昔話としてそんな物語が伝えられるだけである。
 その皇国の中核に位置する皇宮・エルドラディア。どこぞの黄金の都をもじったその宮は、金よりも輝きわたる白亜の宮殿だった。その一角に、ミラノ皇国空軍本部は存在する。

「よう道化師。」

後ろから急に声をかけられ、緩慢な動作で青年は振り向く。みれば、同期の飛行部隊だった男が、にやけた面で立っていた。やたらとライバル視してきたが、何一つ自分には勝てなかった男だ、とおぼろげながら思い出す。

「…なんか用。」
「飛行艇に乗れなくなって傷心だろうお前に、なぐさめの言葉でもかけてやろうと思ってよ。」
「…そりゃ、わざわざどーも。」
「ふん。そのすまし顔も今の内だな。見てろ道化師。お前の艇は俺が乗ってやるからな。」
「−好きにすれば」

終始顔色を変えない事に気分を害したか、舌打ちを1つ残して相手は去って行った。対するこちらは何の感情も湧かない。他者からすれば、どうやら自分は「凪の水面のごとく、静かで澄明で、息をのむほどに冷たい」らしい。そんな情景が似合うほど、実際の自分は美しくはないというのに。自嘲の笑を浮かべながら、青年は眼下をみやる。そこにあるのは、美しい宮城にしっくりと馴染む、優美な夜色の機体だった。皇国最新鋭の戦闘機:HAWK(ホーク)である。彼は数年前まで、空軍の花形であるその機体のエースパイロットだった。まるで軽業師のように滑らかに空を舞う彼は、むかう所敵なしの撃墜王として勇名をはせた。だが、あまりに愛想がない上に皮肉屋でもあった為、仲間内では妬みとともに「CROWN」(冠を頂くもの)と呼ばれた。もちろん、道化師という意味のCLOWNと掛けている。本人としては、人殺しの名声を肯定する前者よりも、後者の方がよほど気がきいていると思う。ばかばかしい事をして、あり得ない位ばかばかしい理由できき腕を“壊された”自分には、なるほどうってつけだ。

「そういえば…」

今夜行くのは、懐かしの敵国だと聞いた。あの海岸にいたこげ茶色の癖っ毛の子供は、今はどうしているのだろう。釣り上がり気味の大きな、春空色の瞳が印象的な少年だった。HAWKを家族のようだとうらやましがった彼なら、今の自分をどう見るのだろうか。

「…少なくとも、合わす顔はねぇな。パイロットとしては。」

胸元から1本のたばこを取りだし、その場で火を付けて一服する。本来許されない宮城内の喫煙も、今は許される立場にある。何気ないしぐさで、ゆるく癖のついた髪をひと房つまんでみた。「純銀の髪」は、ここの所睡眠時間を削りがちなせいか、やや艶が落ちた様に思う。個人的にはあまり嬉しくない事だったが、先の大戦の際に偶然分かってしまった自分の血縁関係のせいで、城は半分自分の家と等しくなった。そして、自分は嫌でも国を捨てて行けなくなった。

「偶然でも会えないもんか、なんて、柄でもないのにな」

煙は記憶の中の少年と同じ、淡い色の空に吸い込まれて消えて行った。

 一日の終わりは早い。特に途中で午睡を通り越して爆睡してしまった光にとっては、昼・午後をすっとばして夜になったようなものだった。要するに、何の心の準備も出来ていないまま、もう半時ほどでライと面会する事になる。気をきかせた影虎は既に中心街へと呑みに出かけ、部屋には自分しかいない。何がどうという訳ではないのだが、しかし、昨夜の様に迫られたりでもしたらと思うと、正直怖い。何と言うか、自分の感情を把握し切れないままで流されてしまいそうで怖い。それ程に、昨夜のライには破壊力があった。耳朶をかすめる吐息と、低くて艶のある甘い声音。それに加えてあの容姿と言うのは、反則だと思う。

「どうすれば…」
「何が」
「何がってライに会ってどんな顔すればって話で…って!?」

独り言に応える相手のある事にぎょっとして振り向くと、まさかの義兄である。別の意味で心臓をばくばくさせ、光は思わず詰め寄ってしまった。

「おどかさないでよ!」
「悪いな。一応声はかけたんだが。…で、この距離は少し刺激的なんだけど。…キスしてもいいのか?」

昨日みたいに。はっとする位近くで睨み上げてしまった光が身を引こうとするのをさっと捕まえ、ライは楽しそうに笑った。

「変わらないな、無防備なあたりは。」
「今までライに対して警戒なんてしなかったし、」
「…じゃあ、今は?」

いつの間にか腰に腕が回され、抱き込まれる姿勢になった。そうして初めて、自分を緩く拘束する義兄の腕が、簡単にはふりほどけない程の力を秘めている事を知る。流れ去った4年の歳月は、彼を大人の男に変えてしまった。返答に困って口をつむぐ光に向って、やや意地悪い表情で問いかける。

「光、今はどう?」
「どう、…って。正直、警戒するななんて、無理って話で、」
「それって、少しは俺を意識してるって受け取って、良い?」
(また!)

甘えるような仕草で額を合わせてくる。あんなに対応の初手について思いめぐらしたのが阿呆くさくなる位、あっと言う間に「夜めいた」雰囲気に持ち込まれてしまった。これはまずい。本気でまずい。光の中の警報機が大音量で存在を主張している。しかし、為すすべもなく。

「んっ」

問いかけた割に返事を待たず、ライは光の唇を奪った。昨夜よりせっかちで、まるで渇きを覚えたケモノのように貪られる。焦りや、その他の様々な感情が霞となってどこかへ飛ぶ。正直、昨夜の比ではなかった。腰から砕けたように力が入らなくなり、ライに抱きかかえられるようにしてキスが深まっていく。何をどうふっ切ったのか、今日のライからは遠慮が感じられない。心なしか上機嫌にも見えた。

「―っあ、ラ、イ…っ」
「光はきっと、入軍するって言う。」

鼻先がくっつかんばかりの距離のまま、少し真面目な顔をしたライがささやく。その通りだったので、光は何も言わず次の言葉を待った。と、視界が一気に反転する。一瞬で押し倒されていた。

「え?」
「軍には、色んな奴がいる。光みたいに無防備で、若くて物を知らない下っ端で、華奢で可愛ければ、入軍後いくらもせずに狼の餌食だ。こんな風に。」
「!?狼出るの?!都なのに?!」
「…加えて物すごく単純だしな。」

ため息をつき、仕方ないなという風に、ライは光の首元に頬を寄せた。反射的にびくりと震えた光の耳朶を、ゆっくりと生あたたかい何かが這う。思わず声にならない悲鳴をあげた。

「入軍してこんな事を他の兵士にされないように、どうせ止めても入るなら厄除けさせて貰おうかと思って」
「や、厄除け?」
「そう。俺の弟ってだけでなく、他でもない俺のものだって事実を作ってしまうのが、顔も知らない例のパイロットその他への一番の牽制。お前の意識だって、今以上に嫌でも俺に向くだろうしな。」
「は?ちょ、ライっ?!」

言うなり、彼は片手で光の両腕を拘束し、耳、首筋とねっとりとねぶった。さすがの光も焦りを隠せず、必死で身をよじるも、万力のような力に叶う筈もなく。いつの間にか手際よくボタンが外され、外気に触れる素肌を熱い舌が徐々に侵略する。悲鳴めいた声も胸のかざりを転がされる頃には女のような吐息に代わり、自覚なく煽情的に身をくねらせるに至った。冷たい色合いの瞳が、焼きつくのではと錯覚するほどの熱を込めて、自分の一挙一動を見つめている。まるで視姦されているようだ。ぞわりと背筋を伝う快感に、それでも出来る限り抗いながら、光はライを見つめた。静かな中に狂気が見える。瞳の奥に揺らぐ炎は、彼が本気で思いを遂げるまで自分を離さない気であると告げていた。そして、緩められたベルトからひんやりとした手が侵入して自身に触れた時、光は思い切って片足を振り上げた。

「―っ!?」
「ごめんライ!」
蹴り技は余程うまく入ったらしく、ライは驚いた表情で蹴られた箇所に手を添えたまま、油汗をにじませた。その隙をついて扉に向かい、一気に階下まで駆け下りる。衣服の乱れに構う余裕はなく、光は犯されかけていた状態のまま、夜の王都を疾走した。
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