金色の鳥と白いムカデ

□悪戯心から生まれる、本音。
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それは、エトの唐突な一言から始まった。

「彼女を囮に使ってみようかなと思うの。」

一瞬、何を言っているのか本気で理解出来なかった。

「は?」
「だから、今回の任務に彼女を使ってみようかなって。」
「使うって…、」
「もう結構場馴れしたでしょ?最終的にカネキ君がフォローに回るなら、多少危ない仕事にも慣れてもらおうかなって」

聞けば、今回のターゲットは戦闘力の高さの割にやや欲に弱く、特にコノハ位の年齢の子女に目が無いらしい。食事対象に選ぶのも大体が12~18歳までの少女で、要するに「食う」も「喰う(くらう)」も何でもござれの、平たく言えば「変態」である。しかし、彼自身が人間社会に長く潜伏しながらそれなりの地位・財力を築きあげた人物という事もあり、権力にあかせて様々な「変態的」食事行為も上手く隠ぺいされているらしい。カネキにすればかなりどうでもいい情報だが、そもそも何故そんな奴を狙うかと言えば、彼の持つ鱗赫を「素材」として欲しいという研究者の依頼があった事と、純粋に彼の持つ様々な特典を組織に欲しいという事が挙げられる。前々から密かに目を付けてあった“案件”であり、“仕込み”も大分出来た様なので…という判断だった。

「しかし、あいつを使うにしろ、まともに囮に使えるものか…」
「“あいつ”なんて言うんだね。いつの間にそんな仲良くなったのかな?」
「…。別に特別良いわけでもないですよ。普通です。」
「ふうん。普通に付き合う程度の子と夜を何度も共にするんだ?」
(―こいつ、いつから見ていた?)
「変な誤解をしないで欲しいですね。手頃な話し相手として付き合って貰いがてら、戻るのが面倒くさくて泊めて貰う事があっただけで、何もないですよ。」
「…ま、そういう事にしておくよ。」

仮に今までなくても、これから有るかも知れないし。そう言って包帯の下で不気味に笑うエトに苛立ち、つい吐き捨てるように声を荒げた。

「…何が言いたい?言い方を変えるなら、あれと俺をどうしたいんだ?何を狙っている?あなたは。」
「そうね。敢えていうなら、もっと仲良くなって。お互いがお互いの一部になっちゃう位。そうしたら、私の欲しい物が手に入るから。」
「―」
「期待してるね、カネキ君」

口調は至って無邪気である。若干夢見がちとでも言える位に。しかし、何とはなしに寒気を覚えたカネキは、とにかく彼女から目を離すまいと固く決意した。

作戦決行当日、準備という名目で連れて行かれる彼女に付き添い、怪訝な顔をする周囲を全く無視して、カネキは彼女の入った部屋のドア前で、全神経を集中させて待機していた。自分でも、何故こうも張りつめた気持ちでいるのか良く分かってはいない。しかし、体の奥底で本能が彼女を守るよう焚きつけてくるのでどうしようもない。溜息を吐くと同時に、かちゃり、と戸の開く音に振り返れば、そこには見た事もない少女がたたずんでいた。かなりの間を開けてから半信半疑で問いかける。

「…コノハ?」
「あ、分かりますかカネキさん!」

緊張した面持ちから一転、安堵して嬉しそうに側に来られてもなお、にわかには信じがたい変身ぶりだった。眼が見えない程伸びた前髪は眉の少し上で切りそろえられ、髪と同色の華やかな巻き毛のウイッグと相まって、どこぞのお嬢様の様な風体である。元々大きめの瞳は、マスカラを使って強調されたまつ毛により更にはっきりとし、白い肌にうっすらと施されたチークは白桃の薄紅の部分のようにみずみずしい。身につけているワンピースは鮮やかなサーモンピンクで、細い首に結ばれた黒に銀のチャームがついたチョーカーが愛らしさをアピールしている。靴は桃色や紅を混ぜ合わせた小花模様のミュールで、足首辺りに咲いた、ワンピースと同色のバラが際立っていた。どこからどう見ても完璧に女性である。いつものぼさっとした格好は何なのだと逆に文句をつけたくなる位、良く似合っていた。

「…」

言葉もなくじいっと見入るカネキに何か感じる所があったのか、彼女が申し訳なさそうに一歩下がる。

「すみません、似合ってませんよね。」
「何言ってるの?」
「へ?」
「馬鹿な事言う暇があればいかに無事で済むか考えろ。自分が今どれだけ注目を集める姿になってるか気付けよ。全く、冗談じゃない。」
「えーと、カネキさん?それはつまり、」
「行くよ。」
「あ、待って下さいよ!」
「言わなきゃ分からない馬鹿は嫌いだ。」

慣れない恰好でまごつく彼女を苛立った表情で一瞥し、いつもより何割増しか殺気を纏いつかせたまま、カネキは肩越しに彼女を振り返った。

「…出来れば他の奴には見せたくない位、悔しいけど綺麗だよ。」
「…!こ、殺し文句すぎます!」
「ああもう、頼むから赤くならない。そんな顔されたらどうしていいか分からなくなる。」

がしがしと乱暴に頭をかき、勢いのまま彼女を抱き寄せたカネキは、深く息を吸い込んで彼女の甘やかな香りを肺へ行き渡らせた。

「必ず守る」
「うぁ、はい!」
「けど、君も十分気を付けろ。後生だから相手には絶対触らせるな。指一本でも。そして味方でも信用するな。何を考えてるか分らないのがいる。危ない。」
「はい!」
「それと、」
「―、」

最初は軽くついばむように。一拍置いて、舌を絡める濃厚な口づけを。少しの間にキスの呼吸を覚え込んだ彼女に満足しながら、カネキは小さく震える華奢な肩を抱きしめた。

「無事で戻れる、おまじない」
「―は、い」

蕩け(とろけ)そうな顔をして、彼女がカネキを見上げた。少しだけ離れがたくなったが身を離し、彼女をエトとタタラの元に連れていく。途中、アヤトが目を丸くし、まじまじとコノハを見ていたのが気に食わない。ノロに至ってはいつも通り無言のまま、ぱちぱちと拍手して親指まで立ててよこした。2倍気に食わない。

「ほお、良く出来てるじゃないか」

彼女が目の前に来るなりタタラまで褒めるときた。この辺りでカネキの目が据わり始めている事に気付いたエトは、内心大変満足しながらコノハの肩に腕を回し、「可愛いよ」と告げた。それでこそ“ナイト”も守りがいがあるってものじゃない?

「とにかくまず、ターゲットの通る所に配置させるから、頑張って惹きつけてね。」

それに関しては自信ないなぁ…と、微妙な表情をしつつも、コノハは「頑張ります…」と告げて出て行った。
すかさずカネキも続く。2人の去った後で、他の配置に付く部下達を眺めながら、鼻歌を歌うエトにタタラが問う。

「あいつを餌にカネキの強化を図るつもりか?」
「それもあるかなぁ」
「カネキの弱点として仕立てあげるつもりなのも何となく分かる。あとは?」
「彼女次第だねぇ」
「…ああ。」

エトは自分を見下ろす仲間を見上げ、悪戯を思いついた小学生の様に楽しげに質問を返してきた。

「タタラさんさ、“龍と鶏”って話を知ってる?」
「?いや。」
「日本の最南端にある国の“やんばる”って所に、優秀なお医者様が居たんだって。或る日そのお医者の所に、一人の良家の娘が診察を受けに来たんだけど、その人の正体は龍だったの。お医者はすぐに見破って、痛いようって涙を流す龍を診察した所、耳の奥で大きなムカデが暴れまわっていたんだって。」
「“ムカデ”は龍よりも強いのか。耳寄りな話だ。」
「うん。でも、龍よりムカデより強い生き物がいるの。」
「へぇ。それは何なの。」

珍しく興味をそそられた様子で、タタラが視線を向けてくる。エトは笑って言った。

「それは“鶏”。」
「ほう、どうして。」
「龍の耳の中に鶏を入れて、ムカデと戦わせたから。最終的に鶏が勝って、龍を救ったという話。」
「なるほど」
「面白いでしょ?ムカデはとっても強いけど、鳥には決してかなわないんだよ。まるで、」

カネキ君とコノハの関係みたいだよね?今はまだ未発達かもしれないけど、今後益々その傾向が顕著になると思うんだ。

「そうなった時が、君にとっては一石二鳥ってわけ?」
「そういうこと。」

半ば呆れたように溜息をついた後、タタラはちらりとエトを見た。

「君のそういう、無邪気そうな残酷さは嫌いじゃないよ。」
この、腹の底が探れない感じがエトのエトたる所以かも知れない。


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