金色の鳥と白いムカデ

□もどかしさと切なさの、
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 これは、少し位は期待してもいいものだろうか。仮にカネキが(あまり考えたくはないが)遊び人だったとして、全く気に入らない人間に手を出そうとは思わないだろうし、何よりあんなに意味深な事を言われ、激しく口づけられて、少しも揺るがない女性が居たら見てみたい。そして、目下考えるべきは今夜の事―。そう、彼の『夜あけといて』という台詞は、一体どういう意味で発された言葉だったのか。同じく、『温めて貰う』という言葉も。

「はあ…、分らん。」

いつもの事ながら鮮やかに赫子を使う彼を密かに陰から見守りつつ(たまに邪険にされつつ)、任務の合間にため息をつく。彼の事だ、多分深い意味はないのだろう。結局、期待をした所で彼が「単なる冗談」で片づけない保証はないのだし、寧ろそう言われる可能性の方が格段に高い。おもちゃにされているだけ。そう考えた方が、いざという時余計に傷付かずに済む。だって、いくら好きだと言っても、相手が自分を好きでなければ、体だけ求められても虚しいだけだと思うから。…いやいや、彼と自分でそういう展開になるとは限らないのだが。それでも色々と考えてしまう。

「とか言ってる間にさぁ、夜ですよ…」

暮れかかった空を仰ぎ、心なしか緊張した様子の彼女を、密かにカネキが見つめていた事など知る由もない。例えそこが「眠らない街」でも、どこにでも、平等に夜の帳は落とされる。


(って、帰って来ましたけども。)
考えごとに頭を悩ましている内に帰りついてしまった。早々に部屋に引き上げ、何かに追われる様にシャワーを浴びる。何かしていないと異様に落ち着かない。何をしてみても上の空になってしまうし、脈拍がとにかく速い。緊張する理由等、実際は何もない筈なのに。

(これは、自分から訪ねるべきなの?それとも向こうの用事が済んで、向こうが勝手に来るのを待つべきなの?)

こういう微妙な場合の対処法など知らない。他人に訊ける話でもない。全てが曖昧すぎて良く分からない。でも、ともかく風呂場から出ない事には先には進まないと、タオル一枚ひっかけた状態でとぼとぼと部屋に戻ったのだが。

「遅かったね。」
「!!!!!!!!!!!!!!!」

来てた。普通にいらっしゃってた。あろう事が我がもの顔で彼女のベッドに寝そべり、ヘッドボード側にクッションを当てがって背を預け、優雅に読書何ぞなさっている。読書姿もかっこいいなぁ畜生。ではなく。

「何時からいらっしゃってたんです!?」
「君が慌しく風呂場に駆け込んだ辺りから。」
(殆ど最初からじゃないですかい!しかも気配もなしか!怖いわ!)
めまいを感じて頭を抱えるコノハを一瞥し、「さて、」とカネキが本を閉じた。

「そのままだとまた風邪ひいちゃうし、髪乾かしておいで。」
「あ、はい。すみません、すぐ着替えて来ますので。」
「いや、着換えなくていいから。髪だけで。」
「…へ?」

額からその時流れ落ちてきたのは、濡れ髪から滴る雫ではなかった気がする。冷や汗?

「あのぅ、私、ご覧の通りタオル一枚でして…」
「風呂上がりだからまぁ当然だよね。」
「ですから、着替え…」
「は、要らないから。早く行っておいで。」
(要らないってどういう事ですか!?)

半分以上泣きそうになりつつ髪を乾かし、かなり(色々な意味で)勇気の要る事ながら、体を覆うタオルを新しい物に取り換え、どうしようか迷った挙句下着だけは着用して、恐る恐る部屋に戻った。

「戻りました…」
「お帰り。こっち来て座って。」

先ほどと同じ姿勢で待っていたらしいカネキの側にぎこちなく距離を開けて正座すると、すっと伸びて来た腕に片手を引っ張られ、彼の胸板に手をつく形になった。近い近い近い。

「髪だけで良いって言ったのに。」
「…や、そう言われましても。」
「これ、外してもいい?」
むき出しの肩にかかる下着のストラップをそっとなでられ、びくりと反応してしまう。

「あ、の。カネキさん?」
「なに」
「その、これから私は何をする事になるのですか、ね…」
「訊くの?」
「!!」

かろうじて突っ張っていた腕ごと、急に胸に抱きかかえられ、彼が身を反転させた事であっという間に転がり落ちる。初めて下から見上げる形で彼を仰いだ。いつも通りの凪いだ瞳で見下ろす彼は、だが、何と言うか酷く危うい…というか。儚い感じがした。何故、そんな事を思ったか分からない。あえて表現するなら、求めを断られる事を恐れる人間の不安定さ、みたいなものを感じたからかも知れない。

「温めて、欲しいんだけど。」

首筋に彼の髪の質感を感じ、そのくすぐったさに思わず身をよじる。耳朶にちり、とした痛みと熱。反射的に彼の頭を抱きしめた。

「カネキさん、」
「…ん」
「よしよし」
「…」

どうしたんですか。いつものカネキさんらしくないですね。苦しいんですか?それとも痛いんですか?寒いんですか?風邪ですか?気になった事を並べたてながら、ゆっくりと髪を梳く。幼子にでもするように。安心させるように。すると、途中まで強張っていた彼の体から次第に力が抜け、コノハにもたれかかってきた。

「…何それ。襲われかけておいて、君ってホント緊張感ないな。」
「そうかもですね。…いや、ほんとはかなり怖かったんですけど。」
「今は怖くないの?何で?」
「だって、勘違いだったらすみませんが、苦しそうに見えたんですもん。」

病気とかにかかっても、絶対に1人で何とかしようとしそう。今も、良く分からないけどそんな感じだったんです。そう考えると、カネキさんって、甘え下手ですよね。しっかりしようとしすぎ、みたいな。私の所に遊びに来る時位、気を緩ませても良いじゃないですか。疲れちゃいませんか。思い付きでつらつら言えば、首筋からくすりと笑い声が漏れた。それではっと我に還る。客観的に見てこの体勢は結構きつい。彼の体重を全身に感じ、息遣いや筋肉の硬さを意識してしまえば、先ほどまでの余裕もどこへやら、急に焦りを感じてしまう。

「すみません余計な事を!」
「…何で。意外すぎてびっくりしたけど、嬉しかったかも。」
「そっ、うですか!」
「君ってさ、意外と肝座ってるよね。でも」

何でかな。急に胸の辺りがうるさいんだけど。左胸にすっと彼の掌が添えられた瞬間、一気に心音が爆発した。あわあわと慌てる彼女を楽しそうに見やり、「ごめん、今退くから」と身を起こす。ようやく自由になった体を起こし、コノハは戸惑って彼を見つめた。

「あの、」
「コノハはさ、もし俺が抱こうとしたら、大人しく抱かれてくれた?」
「…いいえ。」
「何でか、訊いていい?」
「…。カネキさん、私、ですね。カネキさんが好き、なんですよ。」
「うん、知ってる。」
「だからこそ、全て捧げたいと思う事は思うんです、でも、…」
「うん。」
「好きな相手だからこそ、相手も自分を好きでいてくれないと、自分の女の部分はあげたくない、というか。そうじゃないと悲しいんです。すごく、みじめなんです。」
「―うん。」
「おどしてるわけじゃないんです。けど、ずっと男の子として生きぬいてきた分、これだけは決めてて。自分の女の子としての誇りみたいなもの、というか。だから、」
「うん、分かった。もういいよ。」

遮られた事で、拒絶されたのかと思った。そんな話は聞く価値もないと判断されたのかと。だが、不安を感じつつ顔を上げた先には、今まで見た事もない程優しげなカネキがいた。きっと、恐らくこれが本当の彼なのだろうと感じる位の、淡い微笑みに目を奪われる。

「脅かしてごめん。今日のは俺が悪かったよ。」
「は、い。」
「でも、知ってた?コノハ」
「?」
「やっぱり、人肌は心地いいんだ。」

その動作は、ひどく自然だった。彼は何の気なしに自分の着ていたVネックのTシャツを脱ぎすて、その鍛え上げられた上体をさらし、コノハの身を包むタオルをはらりと取り去った。あまりに自然すぎて反応できなかった彼女は、次の瞬間彼にきつく抱きしめられて目を見開いた。

「カネキ、さ…」
「こうして心音が近くで重なり合うのも、君の素肌がすべらかで気持ち良いのも、初めて知った。」

鼻先を首筋に押しあてられ、「シャンプーの香りがするのも、良いな」と言われ、思考が停止する。そうして何も出来ないでいる内に彼が体を倒したのに巻き込まれ、抱き込まれる様に2人、ベッドに横たわった。さっさと上掛けまでかけられ、さすがにどうして良いか分らずに抗議の声を上げた。

「カネキさん!」
「…あったかいな。」

お休みコノハ。彼がこう呟いた後にすうすうと安らかな寝息を立て始めたので、面くらったものの押しのける事も出来ず、諦めて彼の腕の中に納まってみる。何これ、すっごく居心地がいい。そんな事を考えていたら、いつの間にかコノハも夢路をたどっていた。彼に何かを告げられた訳ではない。2人の関係が動くような、明白な区切りが与えられた訳でもない。だが、何かか確実にこの日、この時に変化した事を2人とも感じていた。それからというもの、任務後に空きがあれば2人で過ごす時間―もとい、触れあう時間が増えた。図らずもそれは、エトが予見していた通りに物事が進んでいく事を意味していたのだが、それが露見するのはもう少し先の話となる。

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