金色の鳥と白いムカデ

□いたずらな、
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『君は俺をどうしたいの?―俺と、どうしたいの?』
一日24時間の内、気付けば先日のワンシーンをリピートしている自分に気付く。まさかにあんな事が起こるとは、いくらカネキファンの自分だって予想だにしていなかった。正直に申告すると、妄想はしていたが。
(大体何であの人は私にあんな事を…)

訊く事等到底出来はしないが、何となく「単にからかっただけだよ」という回答が返ってきそうで怖い。そうなのだ。彼という人は、殆ど他人に干渉を許さない。“孤高の存在”には人との触れ合いなど必要がないのか否か。そんな事は分からないが、一つだけ言確実に言える事は、彼が自分に特別な感情を持っている訳ではない、という事だけだ。自分は一方的に彼を慕っている。初めて出逢った時に感じた、電流のような衝撃。初めて赫子を振るう姿を目にした際の、言い様のない感動。本当に最初の最初は、ヒーローに憧れる子供と同じ感覚だった筈なのに。素晴らしく強く、同時に賢く冷静で完璧な彼の、澄み切った瞳の色を知ってしまった時には遅かった。運命に翻弄された者だけが持つほの暗さを湛えながら、あれ程澄んだ瞳を持つ人は、一体全体どの様な人物なのか、どれ程純粋な魂を持っているのか。色々な事が気になって仕方がなくなってしまった。人はこれを、俗に“一目ぼれ”と呼ぶ。自分がそんな病にかかるとは、考えた事もなかった。しかし、気付けば視線が追いかけている。好きだと思ったら、もう駄目なのだ。引きあう磁力のごとく。それは理性の結界をやすやすと踏み越え、自身を侵略する。防ごうとして出来るものではないのだ。しかし。

「で、次の任務だけど、…」
(残酷だ!)

ひとにあれだけインパクトのある(言いかえれば期待を無駄に持たせるような)行動をしておきながら、この変わらなさ具合はどうなのか。全くもってざわざわする位通常運転。仮に自分がM過ぎるというのなら。

「Sすぎますよカネキさん…」
「聞いてるの?」
「ぎゃー!!」

突如脳天に走った痛みに飛び上がる。眼に涙を浮かべてそこを押さえると、くすりと楽しそうに笑った彼の顔に痛み何ぞ一瞬でどうでも良くなってしまって。

「…相当末期かも自分。」
「何が?」
「ひっ!なななななななな何でも!」
「“な”多すぎ。良く舌噛まないよね。」

またも面白そうに瞳を細められ、心臓がきゅうと締め付けられる。そんな彼女の内面を知ってか知らずか、カネキは自分でたたいた彼女の頭に手を置き、労わる様になでた。こうした何気ない気遣いが見られるようになったのは、ごく最近の事である。心なしか、それまでとは纏う雰囲気も変わって来た気がする。どこがどう、とは言えないが、柔らかくなった気がしないでもない。

「カネキさん?」
「ん?」
「その、この間…」

無意識に口を衝いて出ようとした“この前の口づけの意味”への問いかけ。危うい所で押しとどめたが、言いかけで止めた事を不思議に思ったか不審そうに尋ねてくる。

「この間、何?」
「いえ、何でも!」
「…はっきりしないの好きじゃないんだよね。言えよ。」
「本当に何でもないのです!!」

少しだけ苛立った表情を浮かべた。ああ、随所に見られるその黒い感じもまた素敵。

「すみません…」
「…はっきりしないままならさ、」
「へ?」

ぼんやり(=正確にはうっとり)していた為に遅れをとった。意識を取り戻した時には彼の手が背に回され、反射的に距離を置こうと力んだ分だけぐっと引き寄せられ、体の前面が密着する。その状態でじっと瞳を覗きこまれ、前回と似たような状況に頭が白くなる。やめて、心臓壊れる。

「当ててあげようか。訊きたかったんじゃないの?僕がどうしてキスしたのか。」
「そ、れは」
「期待させちゃったのかな。」

カネキの少し骨ばった指が頬の輪郭を撫でる。睨まれる時とはまた違った震えが、背を走る。

「ぃ、え!そんな身の程知らずな事は思ってません!」
「―嘘つき。」
「…っんぅ!」

頬を撫でた指が唇を伝い、離れたと同時に荒々しく口づけられて目を見開いた。背に回っていた手はいつの間にか後頭部をがっしりと掴んで放す気配もなく、苦しくなって開いた口にすかさず舌が入り込んでくる。驚いて奥にちじこまった舌を彼の舌が捜し出し、撫で、からめ捕り。きつく吸い上げられて力が抜けた。

「んん、ふ…ぁ、あぁ、んっ」

苦しげな中にも、堪え切れない切なさを織り込んだ甘い声を聞き、その後存分にコノハを味わいつくしたカネキがようやく口を離した。お互い、唇が濡れて光っている。腰が抜けてしまったのかカネキの腕にかろうじて支えられた状態で、快楽に霞む瞳でコノハは彼を見つめた。

「ど、して」
「正直に言わないから」
「じゃあ、なくて…」

コノハの前髪をさらりと梳き、「切ったら。その方が可愛いよ」と全く関係の無い事を述べる。質問をかわされるのが嫌で、彼の胸元を強く掴むと緩く微笑まれた。

「ほら。欲しい答えを隠されると嫌だろ。」
「…あ、」
「さっきみたいな顔とか、声とか、他の連中には絶対に見せないでくれない?俺の前でならいくらでも見せていいから。」
「それは、どういう意味で…?」
「ん?別に、そのままの意味。ああ、それと。」

冷たかった指先が、コノハの体に触れる内に温かくなっていた。その事がひどく不思議だったりする。自分ではない者の体温が自分を温めるというのは、幼い頃以来だったから。

「君のうるさい所は良く分からないけど、君に温めて貰う事は好きかも知れない。これからちょくちょく、温めて貰いに行こうかな。」

任務後とか、そうだな。夜あけといて。遅くならなきゃ行くから。さりげなく言い捨てて、彼はコノハから離れ、すたすたと歩き去った。今。何か凄まじい事を聞いたような気がする。気のせいか?

「え、か、カネキさん?!」
「ほら、置いて行くよ。」

結局分からない事が増えるばかりだが、今日のそれと比べると、先日の口付けが子供だましに思えてくる。腰が砕けると言う表現は、恐らくああいう時に作られたものに違いない、と、酸欠で上手く働かない頭でコノハは考えるのだった。

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