蔵書

□6月19日[太宰]
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気が付けばそこにはいつかの友人がいた。そこは窓から海の見える家で、友人は窓辺の机に向かって何かを書いていた。
ふらりと外に出てみる。花や草は揺れているのに、体は浜風を感じさせなかった。潮の香りもしなかった。少し歩くと、墓標があった。名前は彫られていない。白百合が一輪供えられていた。その隣に黒い手袋も置いてあった。
振り返る。
見慣れた姿があった。否、正確にいえば見慣れていた姿が。どこで購ったのかハイカラな帽子に首元のチョーカー、気取った黒いコートに栗色の双眼。
ただ、今までと違うところがあった。彼の両手にいつものは無く、白い手が日の光に晒されていた。
そして気が付く。
目を細めると、迷惑そうに舌打ちをされた。世界で一番嫌いなかつての相棒。大嫌いな彼に向かって私はこう云った。

「遅いよ、中也」
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