蔵書

□6月19日[太宰]
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目の前に現れる映像が彼とのものばかりなのは、何故だろうか。
嗚呼、体が冷たい。夏も本格的になりつつあるというのに、ここは痛いほどに寒い。昨日の雨も影響しているのかもしれない。
訳もなく笑みが零れる。
手足の感覚が途絶え、瞳は世界を映すことを放棄している。真っ暗な闇の中、水が揺れる音と、小さくなってきた心音だけが、辛うじて聞こえた。
私は中原中也が嫌いである。
彼へと思いを焦がしたことも、思いの内を聞かされたことも、今となっては全て忘れてしまった。最後に会ったのはいつだったか。とてもじゃないがまともな再会を果たさなかった気がする。でもまぁ、これも既に過去のこと。
不思議と目の奥から雫が溢れた。それが悲しみのものなのか、私には分からない。
結局、生きる理由は見つけられなかった。
私は誰も、自分自身でさえも救済出来なかった。でもそれはきっと私がまだ「生きて」いるから。友人は云った。「死ぬ間際にそれが分かる」と。
誰かの記憶に在り続けたいとは思わない。しかし、できることなら、最期のその瞬間まで大嫌いな君のことを忘れたくない。忘れられそうもない。
白い光が、見えた。
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