蔵書
□小雪降りしは性なる夜[太宰×中也]
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横須賀での任務が終わり、光の速さー否、実際には列車だがーで横浜に帰ると、改札口には全身を黒で包み、際立つ雪のマフラーを弄んでいる大天使中
也がいた。
「遅い」
声を掛ける間もなく、一蹴された。しかし、一見すると大分冷たい声色だが、つまりはそう言うに至る程待っていてくれたということだ。
因みに、私は頼んでいない。
そういうことだ。
「…中也ってさ」
夕日を背に、もの言わず歩を進める愛しい人。雑踏の中で私は彼の名を紡いだ。
「何だよ」
視線は交じらない。マフラーで隠している赤く染まった頬がちらりと見えた。
ああもう可愛すぎる。心音の高まりと共に笑みが零れてしまう。
「ふふ」
「?気持ち悪ィな」
「非道いなあ。そんなこと云わないでよ」
「事実じゃねえか」
憎まれ口。身を刺す風に体は寒がるが、それに反し、私の心の内は暖かく、温かかった。
その時、ふと中也が足を止めた。
瞳を空に向けている。実際にはそれは空では無かったのかも知れない。しかし、次に水晶体が写したのは、正しく、真夏とは似ても似つかない灰色の空が生んだ、冬の流星だったのだ。
「雪、だね」
初雪を眺める人の左手に触れる。普段であれば容赦なく叩き払われる右手だが、今日はどうしたことか、指が絡んだ。所謂、恋人繋ぎ。これが応えなのだろう。
日没まであと僅か。真白に歓喜する人々同じく、自身もかなりこの状況を快く思っていた。
だが、事が起こるは、その後である。珍しくデレている中也に幸せを感じている際、はたと言葉が聞こえてきたのだ。
「司令官、サンタさんちゃんと来るのです?」
これだ、これ。この純粋無垢な汚れなぞ知らない温かみのある一言に、太宰の脳はありとあらゆる部位を働かせたのだ。
「あの…中也」
漸く目が合ったと思えば、それはすぐに逸らされ、否伏せられ、口から出たのは溜め息だった。
「この変態」
よく、知っている。