蔵書

□入社試験は再び[敦×乱歩]
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中島敦が探偵社の一員に加わって数週間が経った。常時雑務に追われながらも、生き甲斐を感じ、幸溢れている中、ある時社一の頭脳を有す江戸川乱歩と事務所で二人きりになった。とはいえ、

「だる…」

彼が仕事をする筈もないのだが。
太宰と乱歩、この二人はここの二大仕事放棄(無視)機といっていい。暇さえあれば自殺を企てる上司と、仕事の概念を知らないような上司。果たしてどちらがマシなのだろうか。否、どちらもお断りしたい。
国木田らは生憎外出中。つまり土中潜りに行った太宰さんの溜めた仕事の処理の手伝いは見込めない。乱歩の助けは、−失礼ながらー元より期待していない。

「はぁ・・・・・」

深いため息を吐く。
買い与えられた万年筆をインク壺に浸し、書類へと軸を走らせたとき、背中にのし、と重み。

「・・・・?」

疑問符を散らせて後ろを仰ぐと、つい先ほどまで、黒革のソファで駄菓子を頬張っていた乱歩が敦の背に乗りかかっていた。

「乱歩さん?」

インクのにじんでダメになった書類には目もくれず、乱歩はきょとんとしている敦に、後ろから腕を回した。抱き着かれるような形になる。

「ほっそいなあ、君。ちゃんと食べてる?」

「え?あの・・・・・た、食べてます、けど・・・??」

おかげさまで、孤児院時代よりも満足に食事ができている。とはいえ、栄養は身体の維持に回り、成長にはあまり使われておらずいまだに細々として・・・・・・ってそうじゃなく。

「何故、僕に抱き着いてるんですか?」

混乱しつつも、敦は疑問を投げかけた。すると乱歩は

「え?国木田や太宰から聞いてない?」

と、逆に尋ねてきた。体を引きはがそうとすると、制するよりも前に背から熱が離れる。

「武装探偵社の入社試験は二度あるんだよ」

背筋を指でなぞられる。
突然の、というか突然でなくても背筋をなぞられるという出来事に、肩が跳ね、「ひぇっ」と情けない声が出た。
光の速度で振り返る。
けらけらと笑みを浮かべ、こちらを薄く見つめる乱歩の姿があった。

「うん、面白い、面白い」

細められたその瞳には、どこか非人間的な、敦を試すような光があった。それに少しだけおののきつつも、一先ずインク壺にふたをし、万年筆とダメになった書類と共に片づける。
それらが終わると、敦はかちこちに固くなって、緊張した面持ちで尋ねた。

「入社試験が二度あるって、どういうことですか」
「そのままの意味だよ。武装探偵社の入社試験は、二度ある」

そう、つまり今からが二回目、とピースサインを作る乱歩。そしてそのまま手をハンチング帽と遣り、机に移す。
困惑する敦をよそに、真っ黒に濡れた瞳で

「僕を屈服させることだ」

そう、笑った。
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