蔵書
□人虎の影縫い[敦×芥川]
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月明かり。
落ちる影。
照る白銀。
揺れる外套。
「人虎、貴様・・・ッ」
悪態と共に白い息が、吐かれる。吹きつける風は身も凍るようだが、しかし、頬の熱は冷えることを知らず、その事実が一層僕を苛立たせた。
「照れてる?」
間の抜けた面で虎の瞳の男は問う。
「ふざけるな!」
貴様の口付けなど、怖気すら走る。
現に今、僕の手は怒りやらで震えに震えていたが、それを知ってか知らずか、間抜け面から一転、人虎は困った様な笑みで
「拙い否定は肯定と同じだけど」
と尻尾をゆらゆら揺らした。
その異様な気配に、直ぐ様羅生門を展開させるが、月下の其人が忍び寄るは、僕のそれよりも遥かに、疾く、鋭かった。
その速度、以前の倍はある。
黒獣なり何なりは、恥ずべきながら成す術もなく、疾風を吹かす虎に射られ、僕は両の手を掴まれた。
「夜になると、動きが疾くなるんだ」
尾が腰を引き寄せる感覚を、前回の如く感じたかと思った刹那、唇に柔らかいものが当たった。
「ッん・・・・!」
それが眼前の男の、唇だと察するのに一秒の時間も要らない。
先刻のと同じ感覚。全身に怖気と寒気が走った。
「じ、ん・・っ・・・」
離れたかと思えば、再度吸い付かれる。可笑しな刺激に脚が、震え始めた。
嫌だ、止めろ。この手を離せ。
振り払おうにも、力という力は出ない。それどころか、抜けていっている気さえする。
「んぅっ・・・・!は、んッ」
閉ざしていた口を生暖かいものがこじ開けた。唾液に濡れたそれは、頬の裏、歯、舌先、上顎を暴れ回り、帯びた熱を感染していく。