07/09の日記

03:12
6/6、北海道奥尻島にて
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最初から話すと3月4月からの話になるのですが、友達をリーダーとした数名で「子供目線の地球環境問題」をタイトルにした絵を描きました。
そのお話を持ってきたのは50代くらいのおじさんで(以後Aさん)クリスマスイラスト合同展などでもお世話にはなっていましま。今回の展示は、その方が京都で主催する子供向けの環境問題フェスタに展示参加するというものでした。

なんやかんや有りつつ5月4日に環境問題フェスタに絵を展示し、その絵は北海道の奥尻島の市へと表敬訪問という形で持っていくことになっていたのですが(最初から決まっていたわけでなく、絵の作成途中で「持っていく!」とAさんが言い出したので「そんな話は聞いてない」と展示前に少し混乱もありました)

まぁですが、環境問題フェスタのために描いた地球環境問題が題材の作品。展示してもらえる場所があるならありがたい話ですよね。しかも表敬訪問なんて普通なら関わりない事でしょうし。

北海道の奥尻島に絵を持って行ったメンバーは私とBさん、Cさん、Aさんの4人でして、6月の5日6日7日間と、二泊三日でのAさんから受けたセクハラ云々の件は後日まとめて吐き出すとして、6日にあった表敬訪問当日、それはそれは恥ずかしい思いでした…

知っている人も多いでしょうが、北海道の奥尻島は25年前に北海道南西沖地震が発生し、地震だけでなく津波も発生して凄まじい被害がありました。
お恥ずかしいことに私は北海道南西沖地震を知りませんでした。私が4歳の頃に起きた震災なので仕方ないのかもしれませんが、今回知ることができたのは良かったと思っています。

そこに震災の慰労として絵を持って表敬訪問に向かったのですけども…

当日、奥尻島の市役所に到着して中に入り、時間を割いてくださった市役所の職員の方々とAさんと私たちで表敬訪問という形でお話。と言いましても私達は座ってお話を聞いていただけで、喋ってたのはAさんだけ。私達は飾りみたいなものでした。

まずAさんが職員の方々に話します。

Aさん「我々は京都で子供目線の環境問題フェスタを開催しておりまして、彼女たち(私たち)はそこで環境問題の絵を描いてくれました」

こんな感じで話してたんですけど、職員の方々の反応は「はぁ…」や「んー?」みたいな、まぁ驚くほどやる気のないもの。
最初は本当に、さすがにやる気無さすぎやろ…と思いました。
Aさんが「こういう活動をしています。知ってますか?」とたずねても「いえ…知りませんねぇ」という反応で、なんとも締まらないものでした。
表敬訪問というからには、職員の方々もそれなりには調べてくれているのだろうと思っていたので本当にびっくりしました。

でも話が進むにつれて、職員の方々にやる気がないわけではないとわかりました。

Aさんが
「我々の環境問題フェスタの活動は今年で10年目。奥尻島の皆さんにとっては震災から25周年…周年という言葉はおかしいかもしれませんが、25年という節目。お互い節目にあたりますので、環境問題の絵をそちらに差し上げたく思いますので、今後とも…」

とこんな感じでここまでAさんが話したところで、それまで静かに聞いてくださっていた職員の方々の一番偉いのであろう人が口を開かれました。

「奥尻市として我々が震災に関わるのは20年目で区切りを付けております。もちろん民間の皆さんは続けてくださっています。去年も今年もしてくださいました。震災に25年も節目も関係ありません。来年もしてくださるでしょう。その活動を我々はありがたく思っています。しかし我々(市役所)としては、5年前で区切りをつけているんです」

そう話されて私がその時思ったのは、この絵は表敬訪問として市役所に持ってきてはいけなかったということです。
民間団体に手渡すならまだわかりますが、奥尻市の職員の方々は震災で大打撃を受けた土地を整備し、今後また地震が起きてしまった時の為の備えも終えて、市役所としての役割にきちんと区切りを付けられたのです。見切りではありません。きちんとするべきことをされた上でのひと区切りです。
だというのにAさんはその下調べもせずに自己満足で動いているだけでした。
きちんと調べて話をされていたらこんなことにはならなかったはずです。
市役所の方々の最初の反応でAさんが「表敬訪問に向かいます」という説明段階できちんと説明していなかったのだろうと思いました。

その後も何やら奥尻島復興支援的なことをAさんは話していきますが、ことごとく市役所の方々に言い返されていました。

Aさんは他人からの賛辞を物凄く欲しがる人だなぁとは気付いていましたが、私達はそれに使われた感じでしょうね。
「若い絵描きの卵達にこういう場を設けてあげた俺すごい」的な感じです。

そして表敬訪問の終盤に差し掛かった辺りで、あることに気づきました。
私達がAさんに「描いて」と言われて描いた作品のお題は「環境問題」で、地球環境をテーマにしています。ざっくり言うならば人災です。人の手で救えるものがあるということを絵で表現しました。
かわって奥尻島は地震と津波で甚大な被害がありました。これは天災です。
震災のあった奥尻島に表敬訪問で絵を渡すと言いながら、全く関係のない絵を渡していました…

奥尻市が環境問題に関わろうとしないという意味ではありません。ただ、私や友達が描いた環境問題の絵は震災にはいっさい関係無いだろ…という感じです…

正直なところAさんからは「奥尻市に絵を持って表敬訪問をする」としか聞いておらず、震災があって何やかんやなどの説明はありませんでした…
聞かないこちらも愚かでした……

私達はこのオッサンの自分アゲの自己満足に付き合わされたのか…と

市の職員の方々はとても親切で、表敬訪問が終わった後は震災の悲劇を忘れないために建てられた奥尻島津波館に連れて行ってくださいました。
津波館の職員の女性が当時何があったかをわかりやすく説明してくださり、とても良い見学をさせていただきました。
表敬訪問はそんな奥尻島の皆さんに本当に申し訳ないと思うくらい恥ずかしかったです…



文章は当時を思い返しながらなので乱雑だわ私見入りまくりだわで読みにくいでしょうけども、上記が私が思った表敬訪問の全貌です…

ほんともう、こんな茶番にわざわざ時間を作ってくださった奥尻市の職員の方々に申し訳ないです…


長くなったので、Aさんから受けたセクハラ云々につきましては後日書かせてください…

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