短編

□水狐伝説
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はじめまして

きっちゃんといいます

きっちゃんにはとってもだいすきなこがいます

あのこはきっちゃんのだいしんゆうなのです

あのこがきっちゃんにきっちゃんとなづけてくれました

なのでとってもたいせつななまえです



どんよりくものひ
とっても とっても おしりがいたくて
きっちゃんはあのこにいいました

あのこは いたいのいたいの とんでいけ をしてくれました

いたいのはなくならなかったけど きっちゃんはうれしくて たくさんたくさんわらいました

きっちゃんがわらうと どんよりくものおそらがたくさんはれて いっしょに わらってくれました

そしておしりをきにしていたら きっちゃんのしっぽが ふたつになっていました



ある日 あの子がきっちゃんに とってもおいしい たべものをくれました

ふわふわして ほっぺたがおちちゃうと思いました

きっちゃんがもっとちょうだいと言うと

あの子はいいよと言ってくれました

とってもおいしいたべものを食べていると きっちゃんはすごくしあわせで

おいしいねと笑うと お空もたくさんはれて いっしょに笑ってくれました

あの子とまたねってした日のよる

またきっちゃんのしっぽがわかれてみっつになりました



ある日 ぼくはあの子と川にあそびに行きました

せっかくお水あそびをしようと思ったのに 川のお水はちょっぴりしかながれていませんでした

お水すくないね と ぼくが言うと そうだね と あの子はかなしそうに言いました

あの子のかなしそうなかおは見たくなくて ぼくはほかのあそびをしようと言いました

そして 木のえだで作ったお人形で たくさんあそびました

そうしたらあの子はたくさん笑ってくれて あの子が笑ってくれたからぼくもうれしくて笑いました

ぼくがたくさん笑うと お空もたくさんはれて いっしょに笑ってくれました

あの子がかえるじかんになって ばいばいをしました

夜の山を歩いていたら いつの間にかしっぽがわかれて 四っつになっていました



ある日、あの子が言いました。

もう会えないの、と。

どうしてか僕が聞くと、神様に会いに行くことになったそうです。

僕がいやだと言うと、あの子が泣き出してしまいました。

あの子が暮らす村では、もうずっと雨がふらないのだそうです。

だからあの子が神様に会いに行き、おねがいするのだそうです。

そのおねがいをしてしまうと、あの子はもうかえってこれなくなってしまうのだそうです。

さよならをした夜、僕は少しだけ泣きました。

僕が少しだけ泣くと、空も一緒に悲しんでくれるように雲がかかりました。

そしていつの間にか、尻尾は五本に分かれていました。



彼女が来なくなってから月日が経ちました。

僕は毎朝毎朝、彼女が来てくれるのを待っています。

しかし毎夜、来なかった彼女を思い、泣いていました。

ひどく泣いてしまった夜。

また一本、尾は増えました。

空は、私の心を映していました。




彼女が訪れなくなり、私の涙も静かに枯れた頃。

私は懐かしい匂いに気付き、いつの間にか茂っていた深緑の中、匂いの元を探して歩いていました。

彼女が居なくなってからずっと涙を溢していた私の鼻は、その間ずっと利かなかったのでしょう。

泣いていた為に気付きませんでしたが、私の尾はいつの間にか九本に増えていました。

それほどの間泣いてしまっていたことに驚きました。

久しく歩かなかった足はもつれてよろけ、私にはそれが少し可笑しくて。

幼子のように危なっかしく歩きながら、私は匂いの元を探しました。

この匂いがとても愛しい。

いったいどこから流れて来るのか。

歩むにつれて、強くなるのです。


そう、そうだ。


思い出す、彼女の匂い。

あれほど逢いたかった彼女の匂いでした。

私は全身から力を溢れさせ、彼女の元へ向かいました。

逢いたかったひと。

今ならわかる。愛しいひと。

なぜ離れなければならなかったのか。

なぜあなたが神の元へ向かうことになったのか。

今なら、わかってしまう。

今の私なら、なぜあなたが神のたもとに向かうことに決まってしまったのかわかる。

あなたが私を見つけたからだ。

私があなたに恋をしてしまったからだ。

愛しいひと。

きっと出会わなければ、あなたは健やかに美しく成長されたのでしょう。

森を抜けて、川を越えて。

ただあなたの匂いだけを頼りに私は足を運ばせて。



朽ち果てたあなたは、変わらず優しい匂いをしていました。



あなたの匂いに私の涙はまた溢れます。

しかし今度は止まることはないでしょう。

あなたと別れた後ですらここまで涙は溢れませんでした。

ですが今は。

あなたの亡骸を抱きながら、あなたの甘い香りを感じながら。

私の身体があなたと共に、私の涙に沈むまで。

私の命が私の涙に奪われるまで、嵐となり降りしきるこの涙を止めることは出来ないのでしょう。


 
 

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