短編
□幻紅葉
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「炊き込みご飯が出来たらお握りにして、佐藤さんに持ってっていい?」
「いいけど、上手く形になるかしら」
「あ、そっか…じゃあタッパに入れてく。冷凍保存も出来るよね?」
隣に住む佐藤さんはもう80代に突入する老女で独り暮らしだったので気を使えば、母もお願いね、と椅子に座りながら頼んできて。
紅葉は手馴れた夕食の準備を進め、隣にお裾分けを持って出かけた後で母と夕食の席についた。
2人だけで夕食を囲むようになってから1年が経つ。
中学2年生になった紅葉は、母に学校での偽りの出来事を口にしながら笑い合い、あと約1年半、と中学の卒業までを胸の奥で数えた。
それまでに苛めが沈静化したらいいのに。しかし学校ではどうしても内気で暗い自分が出てしまう。
せめて無視程度になれば。
そんな願いを胸に秘めながら、母には笑って。
「…ご馳走さまでした!お風呂入っちゃうね。出たら私が洗うから、置いててよ」
夕食を済ませて、母には食器の洗い物は置いておくように念を押して。
「何もしないのも身体に悪いのよ?洗い物くらい出来るわ」
「うー…じゃあ、無理しない程度にね」
女だけの家なので部屋の中で制服のスカートも脱いで、下着姿になって。
こら、と怒られながら脱衣所に向かい、紅葉は1人になってからようやくため息をついた。
無意識に表情も落ち込み、鏡を見れば一気に老け込んだ気さえする。
「…まだ14なのに」
鏡の向こうの自分に告げれば、同じように唇が動いて。
明日はまた学校で、明日が終われば休みだ。
「…よし!」
明日を乗り越えれば休みなのだと気持ちを切り替えて、紅葉は下着も脱ぎ、父が生きていた頃に住んでいたマンションとは比べ物にならないほど小さなお風呂に入った。
−−−−−
「…お前、それ何?」
2人部屋の寮室のど真ん中、ルームメイトの少年・ブルーが黙々と床に広げた布に魔法陣を書き上げていく様子を眺めながら、グランツはゆっくりと首を傾げた。
自分のベッドに腰かけながら魔法陣に書かれた意味を読み解こうとするが、魔術学科のブルーと武芸学科のグランツでは習っているものが違うために何と書いてあるのかわからない。
「これ?これはなぁ…」
んっふっふと奇妙な自信を含ませた笑い声を響かせながら、ブルーはとりあえず最後まで書き上げてから顔をグランツに向けて。
「召喚術の応用さ!」
「…は?」
「今日さぁ、学科の奴等と“宇宙人はいるのか”って話しになったんだよ」
「なんだそりゃ」
なろうと思えばとりあえず入学は誰でも可能な武芸学科と違い、魔術学科は選りすぐりの能力者しか入学できない。そんなエリートであるブルーの会話はまさしくグランツには訳のわからないもので、
「だいたいウチュージンって何だよ」
根本がわからず首をかしげれば、ブルーはやれやれと肩をすくめながら立ち上がり、一冊の本をグランツに見せてくれた。
「宇宙人。他の星に住む知的種族の事だよ。召喚術は異次元世界から呼び出すんだけど、もしかしたら別にわざわさ異世界から呼ばなくても、こんなに宇宙は広いんだから、どこかに僕達みたいな知的種族が暮らす星があるかも知れないだろ?」
「…おう、何言ってるのかさっぱりわかんねぇ」
「…つまり、異次元世界じゃない、僕達の住むこの世界に、別の種族がいるのかいないのかっていう討論があったんだよ」
ブルーは懸命に本を開いて説明をくれるが、グランツの耳の右から入って左に流れていくばかりだった。
「…おう、で、この魔法陣か」
自分から聞いておいて面倒になったのでとっとと切り上げようと魔法陣の理由を訊ねれば、「そうだ!」とブルーは強く拳を握り締めた。
「僕は宇宙人肯定派なんだけどね、周りのほとんどは否定派なんだ。そもそも宇宙人がいるなら異世界から召喚する必要無いとか、すでに過去の魔術師達が調べ尽くして存在しないと発覚したんだからいるわけないとか、知的生命体は1つの宇宙の中で1つの星にしか生まれない理があるとか」
「おう、おう。いいから。な、とっとと召喚しちまえよ」
「最後まで聞けよ。でだな、この魔法陣は異次元に通じるわけじゃなくて、遥か遠い宇宙の先の生命に反応するんだ。もし宇宙人がいたなら、召喚と移動魔法陣の応用でここに連れてきてくれるというオマケ付きでね!」