短編

□幻紅葉
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紅葉狩り、という風物詩がこの国にはある。

狩りとは言っても秋色に変化する紅葉の観賞であって実際に狩りを行うわけではないが。

しかし彼女にとっての紅葉狩りという言葉は、まさしく狩りだった。

よってたかって群がり、たった1人を攻め苛む、いじめという名の残酷な狩りだ。

村本紅葉。

名前が紅葉だから、紅葉狩り。

母のくれた大切な名前は、内向的な少女を陰湿な苛めの標的にしてしまった。

紅葉狩りは毎朝の無視から始まり、教科書とノートは汚され、授業中は的にされ、教師には見て見ぬふりをされる。

昼の弁当は運がよければ水道水をぶちまけられ、悪ければ和式トイレにダイブする。

放課後は素早く帰ること。もし掴まってしまったら、ひたすら耐えること。

村本紅葉は小学校を卒業した時はまだ明るく社交的な女の子だった。

友達も多く、勉強も中の上。

男女共に好かれる方で、たまに女子の一部から僻まれる程度。

それだけのはずだった。

しかし転機が訪れてしまったのは、中学に上がり夏休みを終えた頃だ。

父親の事故死。

退社途中だった父は最寄り駅から自宅への帰り道に、信号の無い小さな交差点でブレーキとアクセルを踏み間違えた軽自動車にはね飛ばされた。

はね飛ばされた瞬間はまだ生きていただろう。だが運悪く父親はコンビニのガラス扉にぶつかり、割れたガラスに襲われた。

死因は出血多量によるショック死。

通夜は翌々日に回され、葬式でも紅葉のクラスの生徒達は訪れてくれた。

その当時はまだ友達の多かった紅葉をクラスメイトが励ましてくれて。

落ち込む紅葉を一番気にかけてくれたのが、隣の席に座るの少年だった。

これが転機だった。

クラスでも女子に人気の高い少年はことあるごとに紅葉を元気付けてくれて、紅葉とは別の小学校にいたクラスの女子達の反感を買ったのだ。

父親が死んでから数日経つのに落ち込んだふりして、むかつく。

少女達のいじめは最初は小さく、しかし少しずつ大きくなっていった。

最初、クラスメイトの多くは見て見ぬふりだった。

苛めの主犯がクラスのリーダー格の少女だったからだ。

目に見える苛めが始まり出す頃には、クラスの全員が紅葉狩りを楽しむようになった。

紅葉を特に気にかけてくれた隣の席の少年も、例外ではなかった。

そしてその時にはすでに明るく社交的な性格の紅葉は消え去っており、暗く内気なターゲットは苛めの理由を作るにも容易い存在となった。

それでも。

「−−お母さん、ただいま!あつーい!」

何とか放課後を逃れた紅葉が家に帰ってきた時、母は頭に冷却シートを張りながら台所で洗い物をしていた。

「おかえり、紅葉。クーラーつけようか」

「やった!…また頭痛いの?私がやるから休んでなよ。夕御飯も任せて」

手を止める母は紅葉に青白い顔色を向けながらも笑いかけてくれて、学校鞄を部屋の隅に置きながら、紅葉は制服を脱いでキャミソール1枚になった。

母親は元々身体が弱く、その為に父が生きていた頃から家事は紅葉が率先して手伝っている。

「大丈夫よ、これくらい。紅葉もあんまり気を使わなくていいのよ?お友達と遊んでいいんだから」

母は何の気もなく言っているのだろう。

当然だ。紅葉は学校での苛めを母親には伝えていなかった。小学生時代の思い出を元にした楽しい学園生活の嘘を母に毎日話しており、母はきっと疑ってはいない。

「友達とは学校で話すし、みんな塾とか行ってるから遊ぶ時間なんて無いよ」

いつも通りさらりと嘘をついて、母の笑顔を見つめる。

あらそう、なんて言いながら手を動かそうとするから、紅葉は無理矢理洗剤にまみれた母の手を水道水で綺麗に洗い流した。

「もう!座ってて!」

「えー…じゃあ任せようかな。お米は炊いてあるの。お隣の佐藤さんが炊き込みご飯の元をくれたから、それにしちゃった」

「ほんと?ならお魚とお味噌汁でいっか」

父が死んでからこちら、紅葉は母と二人三脚で生きてきた。

父の保険金は紅葉が公立高校を卒業できるほどにはあったが、母が働きに出られない為に父の友人のつてで自宅を売り、小さな文化住宅に引っ越してあまりお金を使わないように暮らしている。

幸い隣人関係に恵まれて助け合って生活できるようになったので、紅葉は学校で擦りきれた心の傷を母や隣人の大人達に癒されて日々をやり過ごしていた。

 
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