エル・フェアリア

□第39話
1ページ/16ページ


第39話

 王城から馬車を出し、向かった先は遊郭街でも王城御用達となっている際奥に位置する数件の店だった。
 モーティシアは項垂れるニコルに肩を貸しながら一件の店内に入り、すぐ近くにある深いソファーに座らせて自分は楼主の元に向かう。
 簡単な説明は先に伝達鳥を飛ばしているので用意はすでに出来ていた。
 楼主といくつかの会話をし、店の奥から現れた娘に会釈を送る。
 娘への説明も簡単に済ませた。媚薬香の種類、ニコルの状況。話すことなどその程度しか存在しないが、知的な娘はそれだけで充分だと微笑みを浮かべた。
 やむを得ない場合の妓楼の使用は王城へ報告義務が発生する。
 モーティシアはそれについてもこちらから報告すると告げてから、ソファーに深く腰かけて頭を抱えるニコルの元に近寄った。
 すでに限界に近いのか、息が荒く脂汗が浮かぶ。
 普段のニコルからは想像もつかないほどぎらつく様子は、媚薬香の効果が強すぎることを物語っていた。
「事情を説明しておきましたから、気兼ねせずに発散してきてください」
「…悪い」
 なけなしの理性で口を開いているが、声は掠れてほとんど音にはなっていない。
「初めまして、テューラと申します…お体大丈夫ですか?」
 そこに先ほどの娘が近付いて、ニコルの膝に触れるようにしゃがみ込んだ。
 目前に女が現れたことに驚いたのかニコルは目を見張るが、すぐに状況を察して弱々しく頷いて。
「あ…ああ」
 ニコルは妓楼を使用したことが無いはずなので、勝手がいまいちわからないのだろう。
「ニコルを頼みます」
「お任せください。媚薬抜きはよくある事ですから」
 テューラは可憐に微笑むと、そっとニコルの腕に自らの手を添えて立ち上がった。
 慣れた様子で先導しながらも、ニコルに速度を合わせてくれる。
 ニコルの方が当然のように力も強く大柄なので大丈夫かと不安になったが、テューラはしっかりとニコルを支え、広い店の奥へと姿を消していった。
「…騎士様も大変な職業ですね」
 見送るモーティシアに、楼主は溜め息まじりに話しかけてくる。
「プライドが高くなりふり構わない女性も多いですからね」
 表向きにはニコルに片想いする娘が媚薬香を使用したという事で妓楼に話しているが、事態はそう簡単ではないだろう。
「ですがまあ…まさかあの有名な平民騎士様がようやく遊郭に訪れたとなると、娘達はテューラに嫉妬するでしょうね」
「ニコルは有名なのですか?」
 いくらモーティシアとはいえ王城外にまで情報を深く持っている訳ではない。
 遊郭を使ったことが無いはずのニコルが何故有名なのかと首を傾げれば、楼主は苦笑しながら理由を教えてくれた。
「そりゃあ、遊ばれる騎士様の多くが娘達に平民騎士様への愚痴をこぼされますからね。娘達も“ここまで言われる平民騎士とはどんな人だ”と興味津々なんですよ」
「ああ…なるほど」
「それとあれほどの容姿ですからね。娘達が熱を上げそうで少し怖いですね」
 確かにニコルの容姿は娘達の多くが放っておかないだろう。
 それに平民でありながら騎士の称号を得たとなれば、打算も入ればニコル人気はさらに跳ね上がる。
「…テューラ嬢はその点は?」
 それはそれで厄介だと楼主に娘の性格を聞き出せば、安心しろと微笑まれた。
「彼女ほど仕事と私生活を切り離す娘を、今まで見たことがないほどですよ」
 むしろテューラの心をほどくほどの男がいるならば見てみたいとまで楼主は口にし、モーティシアはようやく安堵の溜め息をついた。
 今回は已む無しとはいえ、ニコルの種はなるべく温存しておきたいのだ。
 それは上からも命じられている。
「…で、魔術師様はどうなさいますか?」
 どうしたものかと思考を巡らそうとした辺りで楼主に話しかけられ、言われた意味がわからずに素で首を傾げてしまった。
 どうなさいますかとは、何を示しての話なのか。
「こちらの妓楼は王城で働く方々の御用達ですからね。魔術師様のお眼鏡に叶う娘も必ずいますよ」
 そこまで言われてようやく理解し、モーティシアは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「…いえ、私は」
「今はマリオンもおりますが?」
 冗談だとわかりつつやんわり断ろうとした矢先に告げられたその名前に、モーティシアは本気で固まってしまった。

−−−−−

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ