エル・フェアリア

□第35話
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第35話 


 単独でエル・フェアリア王都の裏社会である闇市に足を踏み込んだガウェは、周りの物々しい視線に動じる事もなく騎乗したまま奥を進んでいた。
 誰の目にも明らかな上等な衣服は、それだけで邸宅を建てられそうなほど。
 馬にすら装飾は施され、ガウェを理解した者達は警戒するような視線を浮かべ、何もわかってはいない者達は薄ら笑いを浮かべる。
 もしまだ右頬に深い刀傷があったならガウェに気付ける者はもっと多かっただろうが、今のガウェの顔には傷ひとつ存在しない。ただ前髪に隠れた右目に穴が空いているだけだ。
「−−色男さん。あたしと遊ばないかい?」
 進む道を闇市の遊女に阻まれて、ガウェは仕方無く馬を止める。
 どけと女を睨み付けるが、頭が足りていないのか、腹が据わっているのか。
 色気を振り撒くように近付いて、そっとガウェの足に触れて。
「こんな上等なもん着て、迷い込んだのかい?逃がしてやる代わりにあたしを買っとくれよ」
 厚ぼったい化粧と、体臭を誤魔化すほど振り撒かれた香水。長年培っただろう色気は下品なほど凄まじいものがあり、薄闇に誤魔化されているが下に見ても30後半ではあるだろう。
「ねえ」
「やめときなってお兄さん。そいつ万年性病持ちだよ」
 どう躱そうかと思えば、別の路地から別の女がさっぱりと笑いながら現れた。
「あんた!」
「何?文句あるなら早く治しなよ。早死にしちゃうよ?」
 性病の件をバラされたからか慌てる最初の女とは違い、次の女はまだ小綺麗な様子だった。
 年齢はガウェより少し年下か。
「それとも何か探してる?けっこうキョロキョロしてたでしょ」
 女は物珍しいのか羨ましそうに馬に触りながら訊ねてくる。どうやらガウェをよく見ていたらしい。
 確かにガウェは捜し物をしていた。何か、ではなく場所をだが。
「案内くらいならただでやってあげるよ。今はエル・フェアリアの城が大変でみんな暇なんだ」
 だから馬に乗せてよ、とすっきり笑う女はガウェの捜し物を解決できるかどうかはわからない。
 だが一人で捜すにもここが限界だったろう。
 この女にかけてみるか。ガウェが女に手を伸ばせば、やった、と嬉しそうに手を取って上手く馬に乗り上げた。
 最初の女が唖然と口を開けるが、彼女ではガウェの捜し物は見つからない。
 闇市であれ遊女が性病を治していない時点でたかが知れているのだ。
「高ーい!ずっと馬に乗りたかったんだ!小さい頃からだよ!!あ、ウチはアエル!あんたは?」
 エル・フェアリアでよく見かける薄茶の髪をした女は無邪気にアエルと名乗り、背後のガウェを見上げようとして。
「−−それ」
 馬に乗れたことによる興奮も忘れてガウェの空洞の右目と胸元に光る領主の証に気付いて固まった。
 どうやら彼女は当たりのようだ。
「…案内を頼めるな?」
 どこにとは言わない。
 驚いているアエルは何度も黄都領主の証とガウェの顔を見比べて、やがてあはは、と呆れるように笑った。
「いいよ。頭のとこにつれてったげる。でも少しくらい付き合ってよ!ずっと馬に乗りたかったんだからさ!」
 金はいらないということか。
 闇市の女にしては気さくすぎるアエルの願いを叶えてやるように、ガウェは小さなため息と共に手綱をしごいた。

−−−

 闇市をたっぷり堪能するには充分なほどアエルに付き合ってやり、ようやく辿り着いた頭の居場所は、思った以上に複雑な場所にあった。
 まるで最悪な迷宮で、ガウェ一人では見つけられなかっただろう。
 アエルに呼びかけられたことは運が良かった。
 礼の金貨を渡そうとすれば拒絶されて、それならと代わりに馬の宝飾をひとつ取って渡してやれば、それは嬉しそうに受け取って。
 アエルに別れを告げ、騎乗したまま最奥に向かう。
 その通路にいる者達は幹部クラスばかりとなるので、ガウェの正体に気付いたように一様に警戒して。
「…ここまでだ。馬を降りろ」
 到着した先で、ガウェは素直に男の指示に従った。
 馬を降り、男に手綱を任せて建物の中に入る。
 埃と煙草と酒と。
 手入れされていないが為のありとあらゆる匂いは独特な雰囲気を彩り、美しい世界に生きるガウェをわずかに不快にさせた。
 促されるがままに奥へ奥へと向かい、ようやく到着した先にいたのはガウェが探していたエル・フェアリア闇市を取り仕切る頭の男と、幹部の手下達だ。
 ガウェを舐めてかかるような手下とは違い、頭は静かにガウェを見据える。
 座れという合図に、足の低いテーブルと同じ高さのヤニに汚れた椅子に座った。
 衣服は捨てるか。
 ガウェが座るときに思ったのは、それだけだった。

 
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