エル・フェアリア
□第32話
1ページ/14ページ
第32話
エル・フェアリア第四姫リーンの眠るベッドでは、三人の治癒魔術師達が発作を起こしたリーンの処置に当たっていた。
「−−−−−−−っっ」
リーンは未だに目覚めないが、脊髄全てを跳ねさせるような発作に三人の額にはじわりと嫌な汗が浮かぶ。
「体を押さえて!!」
闇色の藍を持つガイアがリーンの枕元から命じれば、ラムタル王に仕える二人の双子は頷く時間も省いて指示に従いリーンの体を左右から押さえ付けた。
三人で互いに顔を見合わせてから、呼吸を合わせていく。
未だに体を引きつらせるリーンをベッドに縫い付けるように押さえながら、息が完全に合った瞬間を見計らって。
「−−っ!!」
白光に包まれた三人の癒しの力が一瞬で室内を満たし、凄まじい勢いでリーンの中に流れ込んでいった。
リーンは瞳を閉じたまま衝撃に身を仰け反らせ、そのままベッドに沈む。
三人の見守る中で、リーンはやがて穏やかな眠り姫に戻っていった。
「…よかった」
安堵の溜め息をつきながら呟いたのは双子の娘、イヴで。
「…発作の間隔が短くなっていませんか?」
双子の若者アダムは、リーンの今後を危惧するようにガイアを見つめる。
「朝からもう何度もですよ?昨日は二度だけだったのが…」
「…目覚めようとしているのよ」
未だに目覚めないリーン。目覚める為に、何度も何度も。
「こんな発作を起こす状態で…その…」
「正気を保っているのか、気が狂っているか…目覚めるまではわからないわ…」
アダムが言い辛そうに口ごもる理由はよくわかっている。
わかった上で、ガイアは室内の壁面に背中を預けながら立っていた男に目を移した。
静かに様子を見守るのはラムタルの若き王バインドだ。
「…覚悟はしておいてください」
リーンがどのような状態で目覚めるのか。
ガイアの忠告に、バインドは腕を組んだまま小さく鼻で笑ってみせた。
「…覚悟も何もない。どういう状態であれ、リーンであることに変わりはない」
一心に幼い婚約者を思うバインドの真髄に揺らぎは見えない。
この五年間、彼がどれほどの思いでリーンの無事を祈り続けていたかわからない。
リーンが生きていると口に出来ず、救いの手を差し伸べる事も出来ないままいたバインドに、ガイアは寂しく笑い返すことしか出来なかった。
「ですが、宝具はどうされるのです?今のままでは腕力もままなりません。緑の宝具はレイノール国にあった大きすぎる長剣。たとえ健康であったとしてもリーン様に扱えるとは思えませんが…」
「緑の宝具は七姫様達ではリーン様以外には扱えないはず…このままではファントムの封印を解くことが出来ませんよ?」
アダムとイヴの問いに、ガイアは俯いて。
「…リーン姫は闇と光の虹の両方を体に宿して産まれた…私達と七姫のように替えがきかない…コウェルズ王子は意志も力も強すぎてロードには御せないはず」
かつてエル・フェアリアに存在し、他国に散らばった七つの宝具をファントムが集め始めたのは今から40年前の昔だ。
長い年月をかけて全て見つけ出し、同時に闇色の虹を身に宿したガイア達も手中に収めた。
本来宝具はエル・フェアリア王族にしか扱えないはずなのにガイア達が扱うことが出来るのは、闇色の虹を身に受けて産まれたからだ。
闇色。憎しみに満ちた、魂の欠片を。
かつてファントムがロスト・ロードとして生きていた時代の魂の欠片。
それは憎しみと際限の見えない望みと化して七つの欠片に変化した。
ひとつはファントムとして本体に戻り、後の欠片は。
その欠片のひとつである藍をガイアは持って産まれた。
何の因果か、エル・フェアリアの治癒魔術師、メディウムの赤子であったガイアが。
そうして七つの宝具はロスト・ロードの魂の欠片を持つガイア達にも操れるようにはなった。
だが緑の宝具は。
丈の長い、最大の破壊力を持つ緑の宝具。
骨と皮ばかりのリーンに操れるはずがない。
ガイア達でも操れない。他の七姫達でも、本来の力は発揮されないだろう。
他に操れる者は、エル・フェアリア王子であるコウェルズか、ニコルか。だが彼らの力は強すぎて。
「……」
無理矢理引き離された最初の子供であるニコルを思い、ガイアは静かに自分自身を抱き締めた。
まだガイアが未成熟な子供だった時に産んだ子だ。
育てられるはずがなかった。
そう自分に言い聞かせたとしても、ニコルの産まれた本当の理由がガイアの精神を苛んでいく。