エル・フェアリア

□第21話
2ページ/12ページ


−−−−−

 頭が痛い。
 王都に流れた新たなファントムの噂と、ほぼ同時刻に打ち上がった炎の矢の対応に追われたコウェルズは、考える時間が欲しいと自室に戻り、寝室のベッドを潰す勢いで腰を下ろした。
 ため息を付き、膝に肘を立てて頭を抱える。
 いくら有能と謳われるコウェルズでも、蓋を開ければ一人の若者だ。突然の出来事の責任を持つことになれば目が回る。
 魔術師団が何の連絡も無くコレーを天空塔に隔離したので尚更だった。
 なんて勝手なことをしてくれたのだ。
 ひと息つく時間を手に入れれば、沸々と腹の底から苛立ちに似た怒りが沸き上がってくる。
 魔術師団は王族の魔力の保護にも携わっているのだ。ファントムが膨大な魔力量を誇るコレーを狙っているのならば何としてでも阻止するだろう。それはわかっている。
 それともうひとつ。
 扉を叩く音が無いのに勝手に扉が静かに開かれた。
 誰だかは言わずとも知れていた。勝手に入ってくるのはヴァルツくらいのものだ。
「大丈夫か?コウェルズ」
 ひょこりと扉から顔だけ見せてきて、ベッドに座るコウェルズを見つけて入室してくる。
「大丈夫なわけないさ。まったく…」
 まるで自分の部屋であるかのように遠慮もなく近付いてきて、向かいにあるソファーに腰を下ろして。
「娘を狙われているが、引きこもりの国王はどうしているのだ?」
 腕に巻いた金の絡繰り細工をいじりながら、訊ねてくるのはコウェルズの苛立ちを増長してくれた父王の事だ。
 魔術師団の勝手な動きだけでも腹に据えかねるというのに、その上さらに父は。
「…いつも通りだよ。久しぶりに顔を見せたと思ったら妹達に『コレーに会いに行かないように』とだけ伝えてまた籠もってしまった」
 四年間引きこもり続けた父親。最初にファントムの噂が王都に流れた時ですら動かず、他国に外交に向かって王城にいなかったコウェルズに代わり政務をこなしてくれていたミモザに多大な重圧を押し付けた。
 長期間国を出たことなど、政務に主軸として携わるようになってから初めてだったというのに。
 コレーが狙われている可能性にようやく顔を出したと思っていたのに、的外れも甚だしい命令を出してまた引きこもった。
 妹姫達に父の命令を聞かせるつもりはない。そうでなくとも寂しがり屋のコレーが姉達に会えないなど耐えられるはずがない。
「…早く引退させてやったほうがよいのではないか?私も久しく会っていないが、あれは国王向きの人間ではないだろう」
「ああ」
 否定など欠片もしない。父が王に向いていないのは紛れもない事実だ。エル・フェアリアという大国を統べるには、余りにも愚図なのだ。
「…ただ、魔術兵団が動く可能性がある」
 コウェルズが口にする耳慣れない団の名前に、ヴァルツがわずかに首をかしげた。
「…それは……ファントムにか?コレーにか?」
「さあね」
 ファントムを捕らえる為に出てくるのか、コレーを守る為に出てくるのか、それは王でないコウェルズにはわからない。魔術兵団は特殊な部隊なのだから。
「…魔術兵団…私も見たことがない組織だが実在するのか?…魔術師団とは違うと聞くが、どう違うのだ?」
「魔術師団は…まあ、騎士団と同じ機関だと考えればいいよ。国の為に動くのが騎士団。それと違って魔術兵団が動くのは“国王の為”だけだ。彼らは国ではなく国王を優先するんだよ。王族付きの一つで“国王付き”と呼ぶ者もいるね。姫付きや王子付きの騎士達は護衛対象以外に騎士団長の命令も受けるけど、魔術兵団にそれはない」
「…ただ国王の為だけに動くのか」
 理解したように呟くヴァルツに、頷いて肯定してみせる。
 魔術兵団の実態を知るのもエル・フェアリアで唯一国王のみだ。
 いくら政権を主導しているのがコウェルズであろうと、王子である限り優秀な部隊はコウェルズには従わない。
「話だけ聞けばあの愚屯には勿体ない組織だが、実際に動けるのか?」
「どうだろうねぇ?私もこの数年、魔術兵団長のヨーシュカにしか会ったことがないから」
「コウェルズでもか!?」
 驚くヴァルツに肩をすくめてみせて。
「ただ、魔術師団や騎士団の中でも特に優秀な者がさらに何らかの振るいにかけられて選出されると聞くよ。恐らくは相当優秀だろうね」
 戦う魔術師とでも言えばわかりやすいか。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ