エル・フェアリア
□第16話
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班長は年の頃はモーティシアより少し上くらいだろうに、上司への報告よりも揉み消しを選んだのだ。
開いた口が塞がらなかった。告げ口など考えてもいなかったというのに、まさかそんな勝手を口にするなど。
「どうやらアリアの部屋の件に関しては、最初は侍女長が動こうとしていた様子です。ですがその班長が自ら手を挙げたのだとか」
ポイントアップを図りたかったのか。しかし班長がさらに部下任せにした事で、今回の件に陥ったのだろう。
「…もう侍女長に頼むか」
「それを口にしたとたんに謝罪の嵐ですよ。同じ言葉ばかりで保身に走ってばかりでしたがね」
どうしたものかとため息が漏れる。
侍女達の中にアリアを入れたくはないが、その班長は侍女達の部屋の空きスペースにアリアを入れようとしているらしく、それは駄目だと告げると何故かと質問で返されて。
そもそも治癒魔術師は国の保護対象であり、侍女と同じ場所に置いて万が一何かあった時に守れるのかと訪ねれば、何を勘違いしたのか「年頃の娘が多数生活するのだから、小さな嫌がらせは日常茶飯事だ」と返ってきた。
そんなことは聞いていない。モーティシアが訊ねたのは、有事の際についてだというのに。
とにかく話が通じない。
その為にレイトルと抜けてきたのだと告げられて頭を抱えた。なんて馬鹿馬鹿しい。
「何にせよ侍女長には“何らかの形でも”伝えなければならないそうで、いっそ直接行こうかと。その際は副隊長である貴方も必要ですからね、呼びに来た次第です」
「…じゃあ今から侍女長の所に?」
「ええ。それ以外に方法は無いでしょう。侍女長は優秀な方だと聞いていますので、とっとと捌いてくださるでしょうよ」
最初は忙しいだろう侍女長には任せない方向で行こうとしていたが、アリアが女である以上そうもいかないというわけか。
「お忙しい侍女長には申し訳ない話ですがね」
侍女長が無能から有能な女性に代わったのは今から三年前の話だ。統率されてきたといっても、まだ末端までは力が及ばないのだろう。
「俺は何をすればいい?」
「とりあえず一緒にいてくださればいいですよ。気に入らないことがあれば仰って下さい。アリアの安全を一番思っているのは貴方なんですから」
部屋のことに関しては恥ずかしながらニコルにはわからないので任せようと思っていた手前、何も考えていなかったという事実を晒すのは気が引けたが、モーティシアは気にする素振りは見せなかった。安全ならとしか頭に無かったのだ。モーティシアならうまい場所を見つけてくれるはずだから。それが訳もわからないほど絡まり、まさか自分が出ることになるとは。
あてにしていないから交渉については任せていろと穏やかに告げるモーティシアの後に続きながら、ニコルは疲れを呼び寄せるような重いため息をついた。
−−−−−
城下町からわずかに離れた広野に、身を委ねるように腰を下ろしている。
冷たくなり始めた風が頬を撫でて、心地好いけれども不愉快だった。
夕暮れに染まる王城を眺めながら、ミュズはそのどこかにいるはずの青年に思いを馳せる。
大切な家族。大事なパージャ。たった一人でエル・フェアリアの王城に向かった彼は、酷い目にあってはいないだろうか。
以前巻き込まれた事件については教えてもらった。
王城にいるニコルを守る為にパージャが囮になったと。
ニコル。
ミュズが王城に乗り込んだ時に出てきた、馬鹿な男。
馬鹿で、可哀想な男。
エル・フェアリアは嫌いだ。だが彼には同情せずにはいられない。彼もミュズと同じように巻き込まれる側の人間だから。この見た目だけを美しく飾った汚いエル・フェアリアの被害者。
ミュズと同じ、奪われるばかりの被害者なのだ。
だというのに何も知らずに王城に仕えている馬鹿な男。
「−−ミュズ」
小さな声で呼ばれて、ミュズは右側に目をやる。近付いてくるのは、自分より少し歳上のエレッテだった。ただしいつもの闇色の髪ではなく、今日は魔力で薄茶色に見せているが。
今日は煩いウインドが側にいないからか、表情が穏やかで落ち着いて見えた。
ミュズとパージャのように、エレッテはいつもウインドの側にいる。
違うか。
ウインドがエレッテを離さないのだ。