エル・フェアリア
□第11話
1ページ/13ページ
第11話
平民であれ貴族であれ王族であれ、平等なものはあると教えてくれた人がいる。
それは流れる時の速度。
命の長さは関係などなく、ただ時の速度だけは等しく一定を保つのだそうだ。
−−−−−
太陽が地上を照らし始めて数時間が経っただろうか。
ニコルが王城最上階の露台でフレイムローズや魔術師達と共に簡単な食事を済ませ終えた頃に、コウェルズ王子はやって来た。
両サイドには騎士団長クルーガーと魔術師団長リナトがおり、その数歩後ろにコウェルズ王子付きが二人。
物々しい雰囲気を醸し出す周りとは裏腹に中央のコウェルズは涼しげだ。見た目こそ優男だが、王族でありながら剣武に精通しており実力もある。同じく武術を好む第三姫クレアとの違いは、コウェルズは趣味の範囲などでなく実戦を想定して騎士達と同じ訓練を受けている所だろう。
ニコルも何度か手合わせしたことがあるが、なかなか楽しませてくれた実力者だった。
「やあ、フレイムローズ、ニコル」
「コウェルズ様ぁ!!」
フレイムローズは元々コウェルズ王子の王族付きである為に、ようやく会えて落涙しそうになっている。
今にも動き出しそうな勢いに慌てたのは魔術師達だ。魔眼蝶での王城監視がある為に動けないが、それが無ければ確実に抱きついていただろう。
昨日の昼から今まで微動だにせず立ち続けているのでふらふらのはずだが、コウェルズが来てくれたお陰で疲れも吹き飛んだ様子だった。
ニコルも静かに頭を下げる。昨夜のエルザとの件もあり、クルーガーには目を向けられなかった。
ニコルがエルザの王族付きである証の手袋を勝手に返した件は伝えられているはずだ。コウェルズの合図を待ってから頭を上げても、視線は落としたままにした。
コウェルズが隣のクルーガーとリナトに待つよう指示して、優雅な足取りでフレイムローズの元まで歩み寄る。
「昨日会いに来れなくて悪かったね。君の休憩の時に私も時間を取るから、積もる話はお互い少しお預けにしようね」
「うぅ…はい」
フレイムローズの肩にそっと手を置いて、申し訳なさそうに眉尻を下げて。
フレイムローズは口をへの字に曲げて少し不服そうな様子を見せるが、ぺこ、と頭を下げて一応了承してみせた。
「ありがとう。ニコルは一緒に来てくれるかな?」
「はい」
用件を済ませたコウェルズはニコルについてくるよう促して露台を後にしようと歩き始め、数歩進んだ先で思い出したように足を止める。
「フレイムローズ、聞き耳を立ててはいけないよ」
「…はい」
釘を刺したのは、これから話される内容について隠しておきたいということだろうか。
フレイムローズの魔眼蝶が聴覚も働かせると知っているということは、やはりフレイムローズに訓練を課したのはコウェルズか。
いずれエル・フェアリアを背負い立つコウェルズは父親のデルグ王に似ず聡明で、七姫達と同じように美しい。
国内外でも人気は高く、すぐにでも王位に就くべきだとの声はどこにいても耳にするほどだ。
小さな頃から他国王家と上手い付き合い方をしているので他国からの信頼も厚い。人当たりも良く、疎まれることなどまず無いはずだ。
そんな王子と露台から王城内に入り、開けた踊り場で足を止める。
「エルザに姫付きの手袋を返したそうだね」
単刀直入に言われて、一瞬動揺してしまった。
コウェルズは穏やかな笑顔のままで、ニコルより年下だとは思えないほど落ち着いている。だが折れる事は出来ない。昨夜のエルザの告白を聞いてしまったから、尚更。
「勝手なことをして申し訳なく思っております」
守るべき国の宝を手前勝手に突き放した。それほどの理由がニコルの中にはある。
「しかし意志は揺るがないか」
「はい」
訊ねられても、譲れない意志で決めたことだ。騎士団を、王城を追放されようとも構わないほどの意志で。
コウェルズはどういう判断を下すのか。
静かに待った返答は、昨日のフレイムローズから聞いていたというのに驚いてしまった。
「妹君の護衛の件だが、私は構わないと考えているんだよ」
にっこりと微笑んで、親指を立てそうな勢いで。
「コウェルズ様!」
「魔術師団長のリナトも同じ考えの様だしね」
咎めるようなクルーガーの強い声もいとも簡単に受け流して、呆然としているニコルには苦笑してみせて。
勝手に手袋まで返して、もはや誰からの理解も得られないと思っていたのに。