エル・フェアリア2
□第96話
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第96話
『ーーこっちだこっちー!!』
呼びかける声に駆け寄ろうとすると、グイ、とやや弱くジャックに首根っこを掴まれた。
「走るな。変なところで怪我するぞ」
「す、すみません…」
ルードヴィッヒを呼んだのはスアタニラのトウヤで、軽い駆け足程度の速さで近寄れば、トウヤだけでなくクイの姿もあった。
近くにはスアタニラとイリュエノッドの陣営が隣り合っており、エル・フェアリアはイリュエノッドに甘えて同じ陣営に入れてもらう状況だ。
なぜスアタニラが隣なのかと思っていれば、
『こいつ俺から離れないんだぜ。テテは剣術の陣営に行ってるみたいだし最悪だぜ…』
『お前の見張りしてるんだよ!!』
トウヤとテテの件があったから陣営が隣合うことになったのかと、ジャックと目を合わせて半笑いで納得した。隣はさらにラムタルの陣営なので、スアタニラはガッチリ囲われている状況だ。
そのラムタル陣営に、ウインドの姿は見えなかったが。
闘技場はすでに来賓やラムタルの国民達で満席になっており、グラウンドの壁をぐるりと取り囲む各国の陣営もピリピリと緊張した空気を醸し出している。
剣術試合は隣だと聞いたが、ここからどれくらい時間がかかるのだろうかとジュエルを思った。
『最初の試合はラジアータ殿が出るのでしたよね?ユナディクスの陣営はどちらに?』
『残念だけど正反対の場所だ』
クイの指差す方に目を向ければ、広い円形グラウンドの正反対の位置でラジアータが自国の者達に最終調整を受けている様子が見えた。
『あいつ今でものほほんとしてやがるぜ…やる気あんのか?』
『あの状況で訓練用の絡繰りに勝ったんだ。優勝候補に入っているから実力はかなり高いぞ』
トウヤとクイの会話にはテテを挟んでやり合った様子は見えず、さすがに二人とも試合に集中しているのだと改めてルードヴィッヒも拳に力を込める。
戦闘用の絡繰りの中で最強と謳われていた巨大うさぎに勝ったラジアータが優勝候補だというなら、他には誰が候補にいるのだろうと少し気になった。自分が入っていないことは確かだろうが。
『そちらは大丈夫だったんですか?身体検査場に覗きが出たと聞きましたが…』
クイは心配そうに眉を顰めながらジャックに先ほど起きた事件を問う。
もう話が回っているのかとルードヴィッヒは驚くが、あいつだろう?とトウヤは呆れた声を聴かせてきて。
『ヤタ国のバックス』
『知ってる奴なのか?』
『知ってるも何も……』
トウヤが出した名前にクイがあぁ、と呆れた顔をしていたので、ジャックも驚いた顔を見せる。
なかなかの実力者なのかと想像するルードヴィッヒの前で、なぜかトウヤとクイは言いづらそうにルードヴィッヒを見つめてきた。
『……え、何ですか?』
『お前、あいつを失格にさせないようにって言ったんだろ?何でそんなことするんだよ…』
呆れ声のトウヤは、ルードヴィッヒの意見を否定する。失格にしてればよかったのに、と。
確かに先ほどラムタル側からも改めて被害を問われ、バックスを不問にしてほしいと自ら伝えたばかりだ。
『何故って…彼はディオーネ嬢を覗き見ようとしただけでなく、卑劣な言葉を使って貶めたんです!!二回戦で私と当たるというから、そこで叩きのめすと決めたんです!』
ルードヴィッヒがバックスを失格にしなかった理由はただ一つだ。
最低な男を、正々堂々と討つ。
「お前なぁ…」
ジャックが呆れた声を出すが、聞き入れなかった。
幸いなことにディオーネは覗かれなかった様子だが、変質者が入ってきたなど怖かったに違いない、と。
『…ルードヴィッヒ……それマジで言ってんのか?』
しかしトウヤは驚いた様子を見せてくる。
『…女性の名誉を守ることにマジも何もありません!』
『いや、そういうことじゃなくて…マジか…お前、俺らがどんだけ風呂場であいつから庇ってたと思ってるんだよ…』
『……どういうことですか?』
『やめておけトウヤ…完全に気付いてない』
何やら動揺しているトウヤを、クイがわざとらしく肩を叩いて慰めて。
『…何となくだが察した。…ありがとうな』
さらにジャックが二人に感謝するものだから、ルードヴィッヒはさらに困惑した。
『何なのですか?』
『いや、いいんだルードヴィッヒ!お前はその純真無垢なままでいてくれ!!一生汚れるな!!』
『はぁ!?』
訳がわからず声を荒らげてしまうが、スアタニラとイリュエノッドの陣営だけでなく、会話が聞こえていたらしい他の陣営からも同情じみた目線を向けられた。
『せっかくディオーネ嬢がわざと大袈裟にしてくれたらしいのに、お前って奴は…』