エル・フェアリア2
□第95話
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第95話
空中庭園に戻るパージャとファントムを迎える為に船のデッキに訪れていたのは、ガイアとウインドの二人だけだった。
回復した姿を一番に見せたいミュズの姿が見えず、乗っていた花の生体魔具から飛び降りながら、デッキを全て見回す。
不安そうなガイアと、壁に背中を預けて侮蔑の眼差しを向けてくるウインドと。
ルクレスティードがいないのは、早朝だからか。
訳があるのだとわかったのは、ガイアが不安げな眼差しのままファントムに走り寄ったからだ。
「ロード!!」
龍の生体魔具を消して飛び降りたファントムに、ガイアがすがる。
何があったのか。難しい説明を混乱したまま懸命に話すガイアの言っている意味などパージャには理解できなかったが、ルクレスティードの目に異常があったのだと察した。
原子眼。
聞いたこともない単語に眉を顰めていれば、ファントムは冷静さを保ったままガイアと共に早足でデッキを後にしてしまう。
パージャ達がいない間に何があったのかは知らないが、デッキに残されたウインドがパージャにわかりやすく説明することは無いだろう。
「……花なんか抱えて、何気取ってんだよ」
風の強いデッキの上を、ウインドは床を踏み潰すような勢いで近付いてくる。
パージャが大切に抱えた二輪の百日草を鼻で笑い、そして傷のあった肩を無遠慮に掴んできた。
痛みはもう走らない。
「…なんだよ。本当に治ってんのか」
つまらなさそうに手は離れて。
「お前が治ったように、俺にも何かさせるんだろ?教えろよ。どうやって治しやがった」
永遠に続く痛みからの解放を求めて、ウインドは詰め寄ってくる。
態度は最悪だが、瞳には焦りが。
それほどの苦痛なのだ。
ウインドはパージャより遥かに長く、この苦痛と共に生きてきたのだから。
百日草を抱えていた腕の手のひらにそっと握りしめていたものをウインドに見せる。
パージャにとって命の恩人でもある人の、
「……目玉?なんだよこれ」
パージャの為に残してくれていた眼球の、もう片方。
ウインドは眉間に皺を寄せて気持ち悪そうに見つめてくるから、その態度と表情に激しい苛立ちが生まれた。
「…食べろ」
「…………は?」
言われた意味を理解できないかのように、ウインドは困惑する。
なぜこいつの為にも眼球を残しておいたのか、クィルモアが生きていたなら、きっと責めていた。
こんな馬鹿の為に最後の力を振り絞って眼球を残す必要などないと。そんな力があるなら生きて逃げてほしかったと。
パージャの為にも、残しておく必要なんてなかったのに。
「…食べろ。お前なんかの為に、あの人は力を使ってくれたんだ」
言葉は怒りが混ざり、低く呻くような音になる。
「……ふざけんなよ!!目玉なんて食えるわけないだろ!!気持ち悪い!!」
動揺して逃げようとするウインドの腕を強く掴んだ。
二輪の百日草がデッキの床に落ちるが、タイミングを見計らうように強風は落ち着いて。
「…マジふざけんなよ…絶対に食わねぇからな」
ウインドは掴まれた腕を何とか離そうと振るうが、パージャの動きの方が強く早かった。
容赦なく引き寄せて顎を掴み、慌てて閉じようとする前にその口の中に大切な人の眼球を滑り込ませる。
「−−−−っっ」
そのままのしかかって全身で頭と顎を押さえて、床を背にしたウインドを見下ろし続けた。
ウインドは激しく暴れるが、離しはしない。
気持ち悪いのだろう。必死に逃れようと暴れ、瞳には涙が滲んでいく。それでも離さなかった。
飲み込もうとしないから、馬乗りになったまま、ウインドの腹を思い切り踏みつけて。
「っグゥ…ゲ、」
ウインドの喉が不愉快に鳴り、その隙を逃すまいと頭を抑えていた手で首を強く締め、すぐに緩めた。
あまりの衝撃に、ウインドはとうとう眼球を飲み込む。が、拒絶するように吐き戻そうとして。
「…ふざけんなよ。絶対に吐くな」
ウインドなど足元にも及ばないほど崇高な人の、大切な身体の一部なのだ。
再び喉を押さえつけ、吐こうとする口元も顎ごと強く掴み続けた。
吐き戻ろうとしたものを、再び飲み込ませるまで。
そして、ようやく。
「ーーてめえ!!ふざけんじゃねぇぞ!!ぶっ殺してやる!!」
完全に飲み込み落ち着いた頃合いで手を離してやれば、ウインドは全身でパージャを弾き飛ばし、一気にデッキの柵まで逃げた。